ハンチバック|市川沙央
芥川賞のほかに2025英・国際ブッカー賞、2025全米図書賞・翻訳文学部門ロングリストに選出など国内外で評価された渾身の一冊。
著者の市川沙央さんは純文学以外にも、ずっと文章を書き続けてきた下積みがある大器晩成の作家です。
ちなみに本作は評価が割れる内容も含んでいますが、欲望、身体、自由、知性、暴力といった文学的テーマを多数接続している高度な作品です。単純に障害者をテーマに扱った当事者性の高い小説と評するだけでは、もったいない作品なのかもしれません。
ハンチバック

市川沙央
文藝春秋
2023年6月22日
弱者が無理しなくてもいいんじゃないですか。金持ってるからって
あらすじ
筋疾患先天性ミオパチーによる症候性側彎症。井沢釈華の病気で、彼女にとってはグループホームの十畳ほどの居室と、キッチン、トイレ、バスルームが現実的世界のすべてでした。
ヘルパーやケアマネなど限られた人しか関りもなく、彼女の世界はかなり限定的なものです。そんな世界を押し広げてくれるのがインターネットでした。TwitterなどのSNSを駆使して、グループホームの一室にいながらも世界とつながっている感覚です。
男性ヘルパーにTwitterアカウントがばれ、井沢釈華の性癖や歪んだ願望を含めた人間性を侮辱された彼女は、ヘルパーに対してある取引を持ち掛けます。
感想
触れにくい話題である障害者の性を正面から扱ってるのが衝撃でした。しかも命の重み、性の在りようなどかなりセンシティブな内容です。
そして障害者である当事者視点から世間への怒りや心情吐露も印象的です。主人公の持つ身体的な歪み、ないしは歪んだ願望が社会と相容れないことを強く非難されています。
読んでいて自分を健常者として前提に立っていると、まるで責められているようで辛くなります。それだけ迫真の主張が込められているのでしょう。
タイトルの『ハンチバック』とは『せむし』のことで、背骨が曲がっている状態を表す差別用語です。古い小説などを読んでいると度々見かけることもありましたが、最近では聞きなれないですね。ここから主人公、井沢釈華の歪んだ願望や人物像としての歪みを表現しています。
生むことはできずとも、生殖機能はあるのだから堕ろすところまでは健常な人たちのまねごとのように、その背中に追い付くことができるだろう。
歪みを抱えながらも、そのまっすぐな背中を渇望してるのが伺えます。
文庫化にあたって
私は単行本を読んだのですが、文庫化にあたっていくつかの加筆修正がされているようです。その内容と意図が良さそうなので紹介します。
ルビを増やした
本書では読書のマチズモ(健常者優位主義)が主張されていて、芥川賞を受賞してからもメディアはその点にフォーカスした内容を多く発信されていたような気がします。読書という行為や文化そのものに内在する、標準的な読者像を前提とした優位性を解体しようという議論が生まれました。
そんな著者の主張に応じた加筆なのかと思われました。
荒井裕樹氏との往復書簡
著者が執筆にあたり大きな影響を受けたと語る『凜として灯る』の著者・荒井裕樹氏との往復書簡「世界にとっての異物になってやりたい」(「文學界」2023年8月号)は、大きな話題となりました。
文庫本では新たな書簡を特別付録として追加し、全文を巻末に収録されているようです。













