ペスト|Albert Camus
かつてヨーロッパで猛威をふるったペスト(黒死病)によって、ロックダウンされた街の人々の様相を描いた群像小説。
名作として知られてきた本作は、21世紀に入って再び大きな脚光を浴びました。コロナによるパンデミックを機に、当時描かれた世界と現代社会の状況が重なって見えたことが、再評価のきっかけとなっています。
ペスト

Albert Camus(著)
宮崎嶺雄(訳)
新潮社
1969年10月30日
ペストは公平に猛威をふるうが、市民のエゴイズムによって人々の心には不公平の感情が先鋭化されていきます。もし唯一の平等があるとすれば、それは人はみんな死ぬということ。
あらすじ
主人公は医師のリウーと、彼の友人でありペストによる災禍で彼の仕事を手伝い続けたタルーの二人。タルーはこの本の語り手によるペストに関する重要な記録とは別に、街や日常の些末なことを手帳に記録していました。
リウーは診療室の外で鼠の死体につまづく。翌日以降も大量発生。
診療所の門番がペストに罹患。市の鼠害対策課による収集が開始。翌週には最大ピークで8000匹以上が収集された。
鼠の死体の増加が止んだが、門番がペストの症状に苦しみ死亡。
町中でペストの罹患者が増加して町はロックダウンされる。同じロックダウン状況下でも、人それぞれの営みと向き合い方が映し出されています。
感想
語り手は終盤まで正体を伏せられていますが、語り手の記録によって人々が不条理に向き合う様相、語り手自身が不条理に見舞われる始末を見届けることになります。
この記録的な文章がいかにも客観的かつ無感動に徹しているようですが、その簡潔な文章の影にわずかな感情や気持ちが息づいてるのが不思議な読み心地でした。逆にその特徴的な文章が、小説にしては硬く読み難さを与えています。
ペストによるこの不条理な世界を後世に残すための学術的記録のような重みもありながら、不条理に対する抵抗や受容のしかたが個人的な事象として捉えられる日記ともいえるでしょうか。文学的修練に培われたカミュの文体の魅力ですね。
個人的には新聞記者のランベールが次第に心変わりしていく様子が好きでした。
町からの逃走便宜を図ってもらう申し出をリウーに断られてからいろいろと奔走したが、合法的には抜け出せないことを悟って、密輸業者を介して衛兵を買収して脱出を試みるも失敗。最終的に彼も保険隊に志願し、自分一人の幸福よりも全体の幸福を願う人間に成長していきました。
町の惨状を目の当たりにして関わった以上、自分はもう町とは無関係の人間ではないこと。そんな気持ちを無視してパリに帰れば、待っている彼女に顔向けできなくなるだろうと想像します。
最初は器の小さい嫌味な人間だと思っていたけど、いざ自分が同じ立場になってみたら、やっぱり自分も我先にと町から出ようとするかもしれないです。だからこそ彼の人間味にはリアリティがあって、その成長ぶりに希望を感じられるのです。
ペストの背景
ペストの舞台となったオランは、アルジェリアの主要な港町で商業の中心地です。当時はフランスの植民地だったので、本土にお金を流すための経済優先の都市だったと言えます。ロックダウンされて経済がストップすると何もない町なので、登場人物たちは一層不安に駆られています。
作者のカミュは不条理哲学を打ち出した人で、戦争・災害・全体主義といった極限状態への抵抗を描いてきました。本作のペストはナチスドイツに対する暗喩ともされています。原作の1947年は第2次世界大戦が終わって間もないので、多くのヨーロッパ人はこの本を自分事のように理解していました。











