太陽の子|灰谷健次郎
元図書館司書の知人におすすめされた本。その人とは村上春樹や三浦綾子など、好きな作家の話で気が合ったので、良い本を紹介してくれるだろうと思っていました。
さすが司書だったこともあり、ドンピシャで好みの作品でした。他者にその人にとってぴったりの本を薦められるって凄いですよね。
太陽の子

灰谷健次郎
KADOKAWA
1998年6月23日
人間いうたら自分ひとりのことしか考えてへんときは不幸なもんや
沖縄戦争とうつ病
小学6年生の女の子ふうちゃん、彼女の父親がうつ病になったことから様々な人の優しさや悲しみに触れていく物語。
お父さんの病気には沖縄戦争が関係しているのではないかと確信すると、戦争当時の写真や資料を友人に見せてもらいます。その惨状は見るに耐えられないほどの衝撃でした。
しかしお父さんに限らず、沖縄戦争の記憶に関する部分に触れると、誰であろうと相手の辛い部分に触れてしまうことに気がつきます。沖縄を知って相手を知りたいのに、そのせいで相手を苦しめてしまうことに悩みました。
なぜこんなにも沖縄と悲しみが結びついているのか、ふうちゃんは考え続けます。
感想
過ぎ去った歴史は私たちに無関係のように思えるけど、実のところ細く長い同じ線上にあって、歴史というその線の先頭にいるのだということを教えてもらったようです。
沖縄の現実に改めて目を向けてみると実は知らないことばかりだったり。私たちの周りには知っておくべきだけど、意識にものぼらない知らないことがあふれているのかもしれません。そして知ろうとしたならば、そこに足を踏み入れるのが憚られるような現実を目の当たりにするかもしれません。
ふうちゃんと一緒に真剣に生きて、知るべきことと向き合う勇気をもらうような、そんな気持ちにさせられました。
この本を読んでいて非常に感動はしたのは2つの場面。
一つは、ふうちゃんの友達が担任の先生に宛てた手紙の内容。小学生とは思えないほどの真剣さで、正直で、力強い筆致の手紙。中身は子供らしく真っ直ぐな想いが書かれていますが、その気持が綺麗に整理されており、きちんと自分の考えを表現しています。それが結果的に担任の先生を突き動かし、ふうちゃんを感心させる出来事となっていました。
二つ目は沖縄の少年の手術が済み、連日病室で警察の事情聴取がされているとき。その日はふうちゃんと叔父さんが同室しており、沖縄の少年を問い詰めようとする警察に叔父さんが割って入ります。「法の前に沖縄もくそもない。みんな平等だ!」と息巻いた警察を前に、冷静に淡々と平等の本質を説く叔父さん。その人間味ある諭しかたに、何度読んでも涙が出てきます。不平等な過去の現実を語る叔父さんを前に、真剣な眼差しで一言一句もらさずに受け止めようとするふうちゃんの姿勢にも心を打たれました。
沖縄民謡と白い彼岸花
時代背景は沖縄戦争から30年後の1975年頃、舞台のモデルは川崎造船所の正門に至るまでの界隈ですが、おきなわ亭「てだのふぁ」のモデルはなさそう。
猫(まやー)ユンタ
歌の中に猫の鳴き声のおはやしが入る沖縄民謡のひとつ。
ふうちゃんのおとうさんの故郷、八重山の歌です。意味は先島諸島にだけ課せられた人頭税に対するうらみつらみを猫に例えています。
白い曼殊沙華(彼岸花)
正式にはシロバナマンジュシャゲと呼び、原種の赤い彼岸花と黄色の鍾馗水仙(ショウキズイセン)を交配したものが、白い彼岸花となります。赤とは対象的に繁殖力が弱いので非常に珍しい。
赤い彼岸花は死を連想するイメージがついてますが、白い彼岸花は本作では幸運の象徴としてふうちゃんに喜ばれました。物語の最終盤におかあさんが「おとうさんの中に死んだ人がたくさん生きている、だからおとうさんは地球に住んでいる人の中で一番やさしい」と言う場面。神戸の丘の上の赤い彼岸花の群生の中に、たった一輪咲いた白い彼岸花は、暗におとうさんのことを示しているように思われました。











