狼の幸せ|Paolo Cognetti
作者(パオロ・コニェッティ)自身、作家として行き詰り、この実在するレストランで2年ほどコックとして働いた実体験が反映された物語。
狼の幸せ

Paolo Cognetti(著)
飯田亮介(訳)
早川書房
2023年4月11日
何かが消えて、別の何かがその後釜に座る。 世界はそんなふうに出来ているんだよ。
あらすじ
人生に疲れた40歳の作家ファウストは、パートナーと別れ、長年暮らしたミラノを離れてフォンターナ・フレッダにやって来ます。
レストランでコックの職を得たファウストは、そこで知り合ったウェイトレスのシルヴィアと付き合うように。レストランオーナーのバベットや、元森林警備隊のサントルソらとも交流を深めていきました。
やがて狼たちがイタリアンアルプスからおりてきたころ、シルヴィアから「富嶽三十六景」の画集を贈られ、冬は仕事がないので別々の道を行くことに。
人の山に対する考え方は、そこに暮らす人と、遠ざかっている時ではずいぶんと異なるもの。遠くで考えると山の現実はぼんやりとした抽象的な概念になり果ててしまいます。北斎の絵の奥に小さく描かれた富士山が、てっぺんに雪をかぶったただの三角形になってしまうように。
感想
葛飾北斎が物語のモチーフ、小道具として重要な役割を果たしています。今この瞬間を生きる人々の暮らしぶりと、そんな人間たちに無関心な泰然自若としていつもそこにある山とのコントラストを描いているようでした。
それほど長い本でもなく200ページちょっとを36章に細切れにしているので、サクサクと読み進めやすいです。読み終わった後も、それぞれの章をかいつまんでショートのように読めるのが魅力的な本でした。
舞台となる山の話がメインなので、登山経験などがあると想像しやすいですね。アルプスで1000m登ることは北に1000㎞移動することに近しいという話。標高が上がることで気候や植生が変わるのですが、フォンターナ・フレッダが1815mでそれを北移動に換算するとデンマークやノルウェーに相当します。北極点なら5000㎞弱だからモンブランの頂上といったところ。山登りがはるか遠くへの旅に類似した経験になる新たな視点を得られました。
ファウストの魅力
フォンターナ・フレッダで得た教訓は「食事の支度をする人間は常に必要とされているが、書き手の需要は高くない」
作家としてうだつの上がらないファウストですが、彼には人間的な魅力があって、まず山に移住してあっさりと仕事をみつけたこと。そして出会う人それぞれ、うまく関係を手繰り寄せて山での暮らしに溶け込んでいったこと。
彼の作家業が大成するかは分からないけど、ここでの暮らしが幸せなものになっていくような予感は感じられました。
そしてなぜタイトルが「狼の幸せ」なのか。木々は動物とは異なり幸せを求めてどこかに行くことができないので、種が落ちた場所で咲くしかありません。
しかし不思議なのは狼で、なぜか落ち着かず移動を繰り返して不可解な本能に従って動きます。どこかで獲物があふれていても何かが定住を妨げせっかくの恵みを放り出し、常に新天地を求めて移動します。雌のにおいを追い、群れの遠吠えを追い、明確な目的もなかったりもして。
ファウストはそんな狼だったようです。ファウストに限らずシルヴィアも、バベット、サントルソも。どこかで合理的な判断とはかけ離れた選択のもと、狼のようにフォンターナ・フレッダに辿り着き、また別の地に移っていくのかもしれません。











