博士の愛した数式|小川洋子
いま文学賞を受賞して最も売上部数が伸びるものといえば本屋大賞ではないでしょうか。そんな本屋大賞第1回大賞受賞作です。
たしか中学生のときに初めて読みましたが、その時はこの本の評判などは何も知らず、とにかく「本を読んで感動する体験をしたい」という要求に応えて、学校の先生が薦めてくれた本だった気がします。
大人になって改めて読み返しても感動できる名作です。
博士の愛した数式

小川洋子
新潮社
2005年11月26日
本当に正しい証明は、一分の隙もない完全な強固さとしなやかさが、矛盾せず調和しているものなのだ。なぜ星が美しいか、誰も説明できないのと同じように、数学の美を表現するのも困難だがね。
あらすじ
主人公の「私」は、家政婦組合の紹介で博士のもとへ派遣されます。博士は数論専門の元大学教師。面接で博士の義姉に求められたのは、ただ食事から家事までの世話のみ。ただし博士のいる離れと母屋を行き来しないことと、トラブルは必ず離れの中で治めることが条件でした。
しかし大きな問題が一つ。それは博士の記憶がきっかり80分しかもたないこと。17年前の交通事故により記憶障害が現れ、事故以前の記憶はあるが、それ以降は常に80分しかもちません。頭の中に80分のビデオテープしかセットできず、常にそれを上書きしながら生きているイメージ。
毎日が初対面となる職場に、家政婦の息子「ルート」が加わり、3人の奇妙で温かい関係が展開していきます。
感想
タイトルに『数式』とありますが、算数や数学が苦手だった人も安心してください。主人公の家政婦も数学は苦手だけど、博士の話す美しい数式にどんどん引き込まれていき、博士を理解しようと努める家政婦がその数式を文学的に昇華してくれるようでした。
家政婦が毎日訪ねても、仕事の始まりはいつも自己紹介からのスタート。前日までに交わしていた会話の文脈は一切なくなるし、博士に出会って間もない頃は戸惑うことが多かったです。
ほかの家政婦が手に負えなくても、主人公は最大限に博士の人間性と記憶の特性の理解に努めていました。毎日がリセットされる博士だけど、それでも確実に博士と家政婦と息子の関係性が深まっているのが分かります。人間関係がいかに相手の理解に努めようとする姿勢が重要であるかが読みとれると思います。
義姉(未亡人)の真意
未亡人の義姉は、家政婦が仕事の範疇を越えて博士の世話を焼いた際に、やたら過剰な反応を示しました。
作中に博士と義姉の2人が仲睦まじく映る写真が発見さており、明言されてはいませんが、博士と義姉が恋仲であったことが想像できます。単純に考えれば義姉の家政婦に対する嫉妬とも捉えられるでしょう。
読者の想像にゆだねられる部分ですが、おそらく義姉は博士に余計な心労や混乱を与えないように離れと母屋でなるべく接触しないようにしていました。あるいは博士の記憶が事故以前しか保たれていないとなると、博士の中の義姉はもっと若い姿のままのはず。義姉はすでに年老いた自分の姿と博士の記憶の中の自分とでギャップを感じられたくなかったとも思われます。
そう思うとわざわざ家政婦を雇って博士の世話を任せていることにも納得できます。











