名言 キレイにいこうとするほど確実性が下がりますし、確実な死に方を選ぶとどうしてもグロテスクになります。 30p つまり『命』とは大東さんの個性や人格、そして未来です。それらを奪った行為に対して求める補償金は本来ならばこの二千数百万という金額よりもずっと多くなければなりません。ところが大東さんは自らの手で自分の人格を捨て、未来を断ち切ろうとしました。そのまま自殺が遂行されていたら残るのはバラバラに砕け散った肉体だけです。つまり私たちが取り扱っているのは、その地面に激突する寸前の大東さんの命の抜け殻なのです。 80p
人物 ヤスオ(大東泰雄) 経済的な理由で自殺志願者だったが、ドナー提供の提案を受け入れどうせ死ぬなら大金を遺す。 京谷(キョウヤ) 全ド協の職員でヤスオの自殺の手助けをする。 モーリー ヤスオが勝手にあだ名をつけた大男の看護師 吉川 協会の理事 小山 協会の理事 ヤシロ 高校の同級生で、ヤスオの計画自殺の一端を目撃した男。 天木茜 ドナー提供を受けるレシピエント
あらすじ 廃墟となったデパートの屋上遊園地から飛び降りようとしていたヤスオ。飛び降りる決断をする手前、男が声をかけて結果的にヤスオの行動は止められた。 男の正体は全日本ドナー・レシピエント協会、通称全ド協の京谷。臓器提供者ドナーと臓器提供を受けるレシピエントの橋渡しを担う協会。 自殺がいかにグロテスクで、非生産的で、他人に迷惑をかけるかたっぷり話した後に、ようやく正体を明かした。 彼の提案は現在の借金500万をすべて返済しても遺産としてもまとまったお金を残せる金額。 ヤスオの健康状態や身体的条件から見積もりを行い、導かれた金額は2800万円。 ヤスオは契約に承諾して、実際の査定と健康診断を行う。結果は頭のてっぺんからつま先まで一括譲渡で査定額23741300円。過去の喫煙歴や40歳という年齢的な要素も加味しての金額となり、まるで中古車査定をされた気分になった。しかし唯一のポイントは脳年齢が20歳前後のままストップしており、40歳程度の血管のつまりや細さがなかった。だが残念なことに脳は移植できないのでポイントに加算されない。 ヤスオは京谷との会話の中で、命の価値と平等さ、死の選択などを語り合い、ドナーとして協会で死に直す決意を固めた。 協会によって定められた段取りで自死を決行したあと、新たな展開が待ち受ける。
重要 自殺現場の片づけは誰がやるのか。「警察や消防はやってくれません。拾いきれなかった細かな肉片を集めたり、血の跡は掃除させられるのは家族である場合が多いのです。もちろん家族がいればの話ですが」そんな仕事の代行会社もあるがお金もかかる。 「もし自分の脳が他人に移植された場合、移植された人は結果として自分ということになるのだろうか」脳にだけ魂や心がある前提に立った議論だし、移植したら案外元の肉体となじんでく可能性もあるかもしれないし、人格が変わっても移植を望む人だっているかもしれない。作品の根幹になる部分だが、現在の医療技術からしても気になるところだろう。
感想 ヤスオは自殺志願者のわりに性格は明るくふざけるタイプ。会話でちょくちょくおやじギャグをはさんできたり。 表紙デザインに惹かれた、この青十字は全ド協のロゴマーク。 協会の体制が絶妙にありそうでないような設定にされている。ヤスオがドナー提供の契約や、金額面の折り合い、死に方、死んだ後にどうお金が遺族にわたるのかなど矢継ぎ早に質問している様子にもリアリティを生み出しているのかも。読者が感じそうな疑問に先回りしてくれる。 命に値段をつけたのではない。命とは人の個性や人格はもちろん、その人の未来である。協会はあくまでも肉体に対して値をつけている。自らの意思で未来を切り捨てたヤスオの肉体を買い取ったのだから、あくまでも命を買ったのわけではないと言える。命の値段が安いと感じるのは当然だが、認識の違いがあった。命の抜け殻としての肉体には、その機能に見合った金額しかつかないのが道理だ。 わずかなお金のために命を断つ者がいれば、何億という金を惜しげもなく払ってでも生き永らえようとする人がいる。同じ人間でもどうしてこうも正反対の現象が起こるのか。本当に命が平等であるかどうか疑いたくなるだろう。 病気や怪我で亡くなるのは理解されるのに、どうして心が砕けたり生きる気力がなくなることで死ぬのは非難されるのか。目に見えるものしか信用しない人間の性であろうか。 クールなキャラだった京谷と、人間とか死について語り合ううちに次第に信頼関係のようなものができてきて、いざ別れるときに不思議と寂しくなる。
考察 ヤスオと茜の会話で「地図を見つけた人は、必ずこの本の29ページと30ページのあいだに挟んで元の場所に戻しておくことって書いてあるの、変だと思わない?」 本書は29と30ページに間がない。そしてそこだけページ番号が手書きフォントになっている。

KAGEROU|齋藤 智裕
ポプラ社