2024-09-22

【蛇を踏む】踏んだ蛇が女に化けて家に居たので一緒に住んでみた

著者出版
川上弘美文春文庫:1998/08/10

川上弘美
1996年「蛇を踏む」で第115回芥川賞受賞。その他数々の文学賞を受賞し、その功績から紫綬褒章を受章。芥川賞、谷崎潤一郎賞の選考委員をつとめる。

よくわからないけどね、しょわなくていいものをわざわざしょうことはないでしょ

蛇を踏む コスガ

あらすじ

藪で、蛇を踏んだ。「踏まれたので仕方ありません」と声がして、蛇は女になった。「あなたのお母さんよ」と、部屋で料理を作って待っていた…。

若い女性の自立と孤独を描いた芥川賞受賞作。

蛇を踏む

職場の「カナカナ堂」へ向かう途中、公園で蛇を踏んでしまい、その蛇は「踏まれたらおしまいですね」と言い、人間の姿に化けてひわ子の家の方角へ消えた。

コスガと一緒に数珠を納品しに甲府のお寺へ行く。そこで住職が最近蛇が増えてると世間話をしたもので、ひわ子はコスガに蛇を踏んだ話を聞かせた。

蛇が化ける

部屋に帰ると昼間の蛇が50歳くらいの女に化けて夕飯を作っていた。蛇はヒワ子の好きなご飯も、使うべき食器も、ビールにつぎ足されるのが嫌いなことも把握していた。

蛇にあなたは何者なのかと尋ねると「ヒワ子ちゃんのお母さんよ」と返答。心配になって本当の母である静岡の実家に電話をかけてもいつも通りのやり取りがあっただけで、母と名乗る蛇が何者なのかはわからずじまいだった。

翌日カナカナ堂に出勤するとコスガさんに蛇は追い出しなさいよと忠告される。

蛇と共生

蛇には不思議な特性があって、一般的に知人や友人との関係性における一定の壁を感じることが一切ない。どれだけ親密な相手でも、赤の他人でも、薄い壁や厚い壁が最低限あるものなのに。

蛇と共に過ごす3日目の晩、食事で気が緩む前に開口一番に蛇の存在を追求した。しかし何度聞いても蛇の返答は「あなたのお母さんでしょう」と一点張り。

そうして蛇が来てから二週間が過ぎたころ、コスガさんと喫茶店で向かい合い再び蛇のことを聞かれた。そして彼の口からうちにも20年前から蛇が居着いてると告白される。それはコスガの妻ニシ子についてきた蛇で、ニシ子の叔母だと名乗って最初に追い出せなくなったうちに20年も経ってしまった。

そんな蛇との共生を嬉々として受け入れてしまってるニシ子のことがコスガはこわいと漏らす。

蛇の世界

思いもよらないコスガの告白を聞いたヒワ子は、その日から蛇に蛇の世界に誘われるようになった。それから執拗に何度も蛇の世界に誘われる。

はっきりとした答えが出せないまま曖昧な態度を示し続けるヒワ子に、ついに蛇がしびれを切らした。

感想・書評

まず蛇を踏んだ描写や化ける様子など生々しい。

部屋じゅうに蛇の気配が充満していた。
引出しを開けるとノートやペンの間から小さな蛇が何匹も這いだした。這いだして私の腕から首をのぼり耳の中に入ってくる。痛くはないのだが、外耳道に入り込んだ途端に蛇たちは液体に変わってそのまま奥に流れ込む。冷たい。
まだ入り込んでいない蛇を阻止しようとして首を強く左右に振った。振ると、耳の奥で水に変わった蛇が粘稠性を増しながら内示に向かう。ねばねばとした水が三半規管のあたりを満たす。

蛇を踏む

本書から引用しましたが、文章でありながらなまめかしく不気味に想像させる力を感じました。その想像力を助ける確かな文章力が、さらに世界観全体を不穏に作り上げているような気がするのです。

特にニシ子が蛇に憑かれているのを知ってから、彼女の様子がおかしくなってくる様子が不穏です。

主人公のヒワ子は不器用な性格で、付き合い下手なのがうかがえます。前職は教師として生徒に余計な気をまわして自ら消耗して退職したこと、住職の話を聞いてるとそばを食べるタイミングを失うところ、コーヒーはニシ子さんじゃないと淹れてはいけないと思い込むところ。

このどうしようもなく世渡りが下手なところが、蛇につけいれられてるようにも見えてしまいます。とても隙だらけに思えてしまうんですね。

一方で女に化けた蛇が家に住み着いてる事実をすんなり受け入れてるのが不思議。不器用な生き様とは対照的な肝っ玉を見せられているようですが、カフカの「変身」のような実存主義的な文学スタイルとも捉えられそうです。

そして蛇の世界とはなにか。個人的には安楽の世界のようなイメージを抱いています。

不器用で周囲との付き合いが難しいヒワ子、親とも疎遠とは言わぬまでも仲が良いわけでもない。対人関係における適切な距離感をつかめないヒワ子にとって、彼女が蛇に感じた「壁を感じない親密さ」はまさに願ってもないものなのかもしれません。

蛇の世界とはなんなのか。いわば安楽の世界のようなイメージで、周囲との付き合いが難しい、親とも疎遠とは言わぬまでも仲が良いわけでもなく、対人関係における適切な距離やスペースをしっかり確保してるヒワ子にとって、蛇との壁を感じない親密さが良かった。

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