コーヒーが冷めないうちに
2024-05-01

【コーヒーが冷めないうちに】現実が変わらなくても過去に戻ってみたいですか

著者出版
川口俊和サンマーク出版:2015/12/04

第14回本屋大賞ノミネート。
シリーズ作品となっており、続編が刊行されている。

あらすじ

とある街の、とある喫茶店の
とある座席には不思議な都市伝説があった
その席に座ると、その席に座っている間だけ
望んだ通りの時間に移動ができるという
ただし、そこにはめんどくさい…
非常にめんどくさいルールがあった

  1. 過去に戻っても、この喫茶店を訪れた事のない者には会う事ができない
  2. 過去に戻ってどんな努力をしても、現実は変わらない
  3. 過去に戻れる席には先客がいる 席に座れるのは、その先客が席を立った時だけ
  4. 過去に戻っても、席を立って移動する事はできない
  5. 過去に戻れるのは、コーヒーをカップに注いでから、そのコーヒーが冷めてしまうまでの間だけ

めんどくさいルールはこれだけではない
それにもかかわらず、今日も都市伝説の噂を聞いた客がこの喫茶店を訪れる

第2話「夫婦」よりあらすじを紹介する。

アルツハイマーの男

店内のテーブル席に座る房木という中年の男。いつも旅行雑誌を広げてコーヒーを飲んでいる、穏やかな気質の常連だ。ホットはおかわり自由なので、長時間居座る房木には夏でもホットのほうが都合が良い。週に2~3度この喫茶店に訪れて、いつも決まった席で旅行雑誌を広げながら過ごしている。

おかわりのコーヒーをつぎに来たスタッフに対して、常連であるはずの房木が「新しいバイトの方ですか?」と一言。

そう彼は若年性のアルツハイマーで記憶が徐々に失われている。喫茶店の人やほかの常連たちはそれを承知済みで、その上で彼を気遣いながら接していた。

そんな房木がこの喫茶店に通い続けている理由が、例の過去に戻れる席に座って、妻に渡せなかった手紙を渡すためだった。アルツハイマーを患って記憶が消失していく前に渡すものだったが、それを渡しそびれていたので過去に戻りたいようだ。

しかし妻のことを既に忘れており、ただ妻に手紙を渡すという事実のみを覚えていた。そうして毎回健気に喫茶店で例の席が空くのを待っている。

その席には白い幽霊の先客がいて、1日に1度しか席を離れないために座れるかどうかは運次第だ。

看護師の女

手紙のことを房木から聞いていると、店内に新たな客があらわれた。

高竹という近くの総合病院に勤める看護師の女性。彼女こそが房木の妻であり、現在は旧姓を使って看護師の高竹として彼を支えている。すでに妻のことを忘れてしまった房木を混乱させないように旧姓を名乗っているのだ。

この日、高竹が房木に声をかけると、この日からついに「看護師の高竹さん」という対象まで忘れてしまっていた。高竹はひどくショックを受け、その様子に房木も戸惑い、事情を知っているスタッフはただ見守ることしかできない。

気まずい空気が流れる。その空気を感じ取ってか房木は早々に切り上げて喫茶店を後にした。

そんな空気を切り替えるべく、スタッフの一人が日本酒を持ってきて飲んでいたところ。過去に戻れる例の席が突然空いた。

ちょうどスタッフが事前に聞いていた、房木が過去に妻に渡しそびれた手紙があることを高竹に伝えると、彼女はその手紙を過去に先回りして受け取りに行こうと思い立つ。

しかし房木からの手紙なんてにわかに信じられない。そもそもアルツハイマーになる前の彼の性格からして手紙を書くような人でないこと、それに彼は読み書きが苦手であった。

そんな房木は妻の高竹に何を伝えようとしていたのか。

ぶっきらぼうな男

改めて確認しておくと過去に戻ったところで現実は何も変わらない。房木のアルツハイマーが治ることも、妻であった高竹のことを忘れてしまう事実も。

それでも高竹は、過去に房木がアルツハイマーを患う前、妻に手紙を渡しそびれていたであろう日を強く意識してタイムスリップした。

過去に戻る感覚に身をゆだねて目を覚ますと、そこは誰もいない喫茶店だった。席も離れられず、日時も確認できないまま、過去に戻ることが無駄足になることだってよくある。諦めてコーヒーを飲み干そうと思ったところ、房木が店内に訪れてた。

ぶっきらぼうなその口調は、彼がアルツハイマーによって性格が変わる前の正真正銘の夫である房木だ。

高竹にとっては感動の再会であっても房木にとっては日常と変わらない妻との会話だが、未来から来た者との会話には違和感があった。異変を感じ取った房木は、高竹が未来から来たことを察する。

過去に戻ったこの瞬間は、ちょうど房木がアルツハイマーの兆候が表れ始めたばかりのころで、彼は妻が未来から現れたことですべてを察して手紙を渡した。

房木は将来妻のことまで忘れてしまう可能性を見越して、妻に自分の病気とどう付き合っていってほしいかを手紙にしたためていたのだ。

房木の女

手紙を受け取ると高竹は「コーヒーが冷めちゃうといけないから」といって、現実に帰ろうとするが、そのときぽつりと房木が「やっぱ忘れちまうのか?おれは、お前のこと…」と言い残す。

現実に戻り手紙を読んだ高竹は号泣した。

高竹は房木に対して今後、看護師として、そして妻としてどうふるまっていくのか。

感想・書評

4回泣けると評判!と帯に書かれていたように、大袈裟ではなく感受性が豊かな人や涙腺が緩い人は泣いてしまうでしょうね。

過去や未来を行き来して、自分や誰かの気持ちを確かめるだけで、現実に導かれる結果がこうも変わるのかと、うまく構成されてる物語でした。

今回はこのブログでも、ポッドキャストでも第2話の夫婦の話を取り上げていますが、最後は手紙の内容を読んで終わるります。個人的には一番感動する話でした。

房木の手紙の平仮名の多さ、不器用でも気持ちを伝えようとしてるところ。そして房木の現在の穏やかな性格がより悲壮感を醸し出していて、昔の豪傑な性格とのギャップから涙を流す人がいるのでは。

内容は端的に、房木がアルツハイマーを受け入れつつ、妻の高竹に対して今後どう付き合っていってほしいかが書かれています。看護師であり妻である高竹に伝えたかった本心が、かなり胸に刺さる感動の一言でした。

このように現実に何かわだかまりのある人物が、過去や未来を行き来して、新たな気持ちに気づいたり、本心を伝えたりといった心温まるヒューマンドラマの連作短編集。

作中で都市伝説を扱う雑誌で取り上げられ一時期有名になっていましたが「結局過去や未来に行っても何一つ現実は変わらないのだからこの席に意味はない」と言われています。しかし――

人は心ひとつで、どんなつらい現実も乗り越えていけるのだから、現実は変わらなくとも、人の心が変わるのなら、この椅子にも大事な意味がある。

これは作者本人もインタビューで語っている、読者に伝えたかったことです。

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