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【罪と罰】世界的文学を日本社会に置き換えた名作漫画

文豪ドストエフスキーの「罪と罰」を、19世紀ロシアから21世紀日本に移し替えて改竄された物語。個人的にとても好きな漫画の一つです。

原作主人公ラスコーリニコフの「小さな罪悪は多くの善行によって購われる」という犯罪理論を周到していますが、その根幹を据えながら設定や物語はガラッと変わっています。

学校も仕事も行かず、人を遠ざけ部屋に籠って無益な空想に耽って、プライドが高くそれゆえに孤独な青年。頭が良くて理屈はこねるけど、人として愚かな、地に足のついていない知識人です。答えの出ない堂々巡りの考えに取り憑かれていつしか現実を見失う。

このような人はラスコーリニコフが時代を先取りしたのではなく、いつどんな時代にもあった普遍的な若者の悩みの一つなのかもしれません。

落合尚之

代表作「黒い羊は迷わない」

あらすじ

裁弥勒(たちみろく)は大学にも行かず退廃的な生活を送っています。家族の期待に応えて公務員になるか、自分の好きに生きて作家を目指すかのジレンマに苦しみながら。なんにせよ、とにかくいま必要なのはまとまった金です。

ある日、身売りしてる女子高生リサと援交少女たちを斡旋するリーダーに出会い弥勒の生活は一転します。その売春斡旋業者が売上をヤクザに上納するタイミングを偶然つかんだ弥勒は、その売上金を強奪する計画を立てます。しかし計画実行の際に想定外のアクシデントが発生して、予定外の人物まで殺害してしまいました。

計画通りに大金を手にして証拠を残さずに現場を去りましたが、崇高な目的のために許されたはずの流血は早くも弥勒の精神を蝕んでいきます。

事件はすぐに世間で明るみになり「青戸女子高生二人殺人事件」として特別捜査本部が発足。後日すぐに警察から連絡がかかってきましたが、事件とは無関係の盗難届を出していた自転車の引き取り依頼でした。しかし警察署で動揺を隠せなかった弥勒はひとりの検事に目を付けられます。

事件発生から6日、警察の捜査は続いていましたが検問等の警戒活動は縮小していきました。その中で警察署の五位検事は、弥勒が自転車を取りにきたときから目をつけており、弥勒を任意の捜査協力で呼び立てます。五位検事は文学好きで、弥勒が文学誌で佳作を受賞した「収穫者の資格」を知っていました。とくに注目していた、殺人者が語る殺人哲学「資格を持つ者には手段として殺しも許される」について論じ合います。

そこで五位検事はある鋭い質問を投げかけます。君自身が非凡人でその資格というのをを持っているのか。弥勒は実際のところ分からないがそうありたいとは願うと答えます。そこで検事は追い打ちの質問「では今回の事件の女子高生殺しの犯人が資格を持った非凡人だったか」と尋ねる。

殺人者である弥勒はこの質問には答えられません。殺人者を認めれば自首するようなもの、否定すれば自らのプライドを傷つけて作品を否定することになります。犯人しか知り得ない「崇高な目的達成の資格」は喋ることができないからです。

五位検事が弥勒を窮地に追い込んだところで、速報で事件が180度転回。なんと事件の犯人が自首して逮捕されたという報道でした。これも弥勒の計画の事件を撹乱するために打っておいた布石で、スケープゴートとなる人物が逮捕されたのです。

この時に弥勒の表情を読み取った五位検事は、事件の真犯人が弥勒であることを確信するが、事件を早々に収束させたい警察組織は五位検事を担当から外して、さらに複雑な展開へと持ち込まれていきます。

書評

立派な人間とは。品行方正で人に優しく、公正で公平、思慮深く聡明で間違いを犯さない。でも果たしてそんな人間が魅力的でしょうか。

傷つきやすく不完全な人間に本物の人間らしさを感じます。誰かと寄り添って生きる、その無様さを受け入れることは、孤高を保って一人で生きるより本当はよほど強さを求められるのではないでしょうか。

そういった当たり前のようで難しい人間の営みを、なにより尊いものとして問い続けるのが本作の真髄でした。当たり前のことをただ説教くさく説き伏せるだけでは誰も耳を傾けませんが、五位検事が弥勒を諭すまでには長い物語と思考と感情が激しく渦巻いてます。だからこそ説得力があるのです。

私はこの漫画ほど知的で感情的な涙を流したことはありませんでした。

原作の「罪と罰」とはかけ離れた世界観と設定ですが、本質は捉えられていると思います。そして主人公の罪の意識、思想、自尊心などを巡らせながら、葛藤と成長を10巻で描き切ったのは見事です。

裁弥勒という人物

いかにも退廃した大学生の汚いワンルームの部屋が見開きで描かれており、これだけで現状の環境を語っているよう。

彼の人間性は実はかなり恵まれているのか、周囲の人間の多くが心配していることからもうかがえます。姉、被害者の女子高生、下宿先の娘、大学の友人、街で出会った女性など、みんな弥勒に好意を抱いていました。

それをプライドが邪魔してうまく付き合うことができていなかったのが誇張して描かれていますが、かえってリアリティを感じるのでしょう。このプライドの高さが仇となり、計画的事件で予定外の殺害を犯してしまいます。その際の被害者女子高生を殺す心境が状況だけみれば飛躍が大きく、ここで主人公の気持ちが理解できるかどうかが肝要になっています。

作中で弥勒が冗舌になる唯一のシーンが、ファストフード店で警察巡査と話しているとき。弥勒は巡査を完全に見下しており、なんの気後れも感じていませんでした。このような細かい点でも人物の性格が表現されています。

そして作中後半。弥勒が理屈ではなく気持ちでものを語る場面が増え、その時は瞳にハイライトが入ります。明らかな顔つきの変化からも、弥勒というキャラクターが成長していることが読み取れました。

首藤という人物

弥勒がインターンで訪れた会社の嘱託社員。弥勒の唯一の理解者であり、同類ともいえる人物が首藤でした。

首藤は欲望に忠実に自由に生きているようで、弱みを握られたある人物に縛られており、強者でもあり弱者でもありました。そして、それをすべて自覚しているから、どこか首藤の言葉には説得力があります。

弥勒は自分が強者側にいることを信じて疑わないところがあったので、二人が似ているようで首藤のほうが一歩先を行ってる印象が分かる点ですね。

生き物の世界に食物連鎖があるように――
人間の世界にも強者と弱者のヒエラルキーがある。
肉食獣が草食獣を糧として食らうことは天から与えられた権利だが――
また同時に使命でもある。
自然がそう命じるならば従う以外に道はないだろう?

首藤が歓楽街で弥勒に放った言葉、人間に興味のない人間が人間を描くことなんてできるはずがない、だから空っぽなんだと言い放っています。

「憎しみに任せて殺した。あれほど誰かを憎いと思ったことはない。」人を殺すのにこれほど正当な理由はないよ。これほど人間らしい動機はない。簡潔で美しい獣の論理だ。

事件を起こした弥勒を首藤が肯定した場面。


私はこの漫画をもう10回以上繰り返し読んでいますが、初めて読んだときは理解しきれない部分がたくさんありました。少しずつ弥勒の心境が理解でき、五位検事の意図や説得を理解し、知的で哲学的なテーマにはまっていきました。

この世が地獄のような苦しみや泥濘にまみれていても、それでも生きるに値する美しい実感があることを教えてくれる作品です。

罪と罰 A Falsified Romance

¥1,184

罪と罰 A Falsified Romance
落合尚之

文豪ドストエフスキー「罪と罰」を現代日本を舞台に、全10巻コミカライズ版。

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【JKさんちのサルトルさん】哲学者サルトルが犬になって現代に転生したコメディ漫画

哲学というと堅苦しい響きに思えますが、ざっくり言ってしまえば「考えること」こそ哲学なのです。考えて、悩んで、迷って、信じて、こういった心の働きは日常生活の中にありふれたもの。

このような哲学を漫画として日常に絡めて、哲学者ジャン=ポール・サルトルを易しくコメディに仕立て上げた三巻完結漫画です。

実存は本質に先立つ。君を縛るものがあるならそれは君が作り出した君の中の真善美という虚像。その虚像の間違いを探し修正し続ける、それが人間になるということだ。 それはときに怖いし孤独かもしれない、だから生きる意味も分からなくなるかもしれないが、それでも楽しいから生きる。

サルトル
大間九朗

小説家。漫画原作者。『ファンダ・メンダ・マウス』で第1回「このライトノベルがすごい!」大賞・栗山千秋賞を受賞。漫画原作は『ロックミー アマデウス』『超人間要塞 ヒロシ戦記』『マズ飯エルフと遊牧暮らし』他。

あらすじ

美大を目指す女子高生巫(かんなぎ)マリオ。

進路に悩む中、ふと川でぶさいくな喋る犬(パグ)を拾います。実存主義者で哲学の巨人ジャン=ポール・サルトルが犬として現世に転生。

サルトルさんはパリに帰りたいがここは2021年川崎市。巫家に馴染んでたばこは吸うわ、酒を飲むわ。そんなサルトルさんが巫家の人々のお悩みを解決していく哲学コメディ漫画。

三巻で全体の世界観はつながっていますが、基本的に1~2話で完結するスタイルです。その中から個人的に印象に残ったエピソードを紹介します。

正しさは既製品ではなく特注品

マリオはデッサン教室からの帰りに親友であるカイリに会いました。

カイリはマリオのことが友達としてではなく、恋愛対象として好きです。度々その気持ちをそれとなく伝えるような行動を起こすが、マリオはそれにまったく気が付きません。ついに痺れを切らしたカイリはマリオに告白するが、普通とは違う愛の形に戸惑ってしまいます。

デッサンの先生(ゲイ)に相談すると、マリオ自身がカイリのことを恋愛対象として好きなのでなければ、どうしたって相手を傷つけない選択はあり得ないと言われます。好きなら受ける、いやなら断る、この二択以外はない。相手にとっては断れば失恋、同情されてもみじめ。そもそも現時点で他人に相談を持ち掛けたことがアウティングになってしまうことを自覚しなければいけません。

普通とはなんなのか。勇気を出して告白した友人に対する誠実な応えとは。

傷つかない答えを探すのは正しい答えを探しているとは言えません。大事なのは今後の二人の関係がどうあってほしいかを答えに導くこと。

人間は言葉でできている

普段は引きこもりがちなマリオの兄がみんなでBBQに来ました。雰囲気に馴染めない兄はこの楽しい場でも自分の居場所がないような気がしています。

そこでサルトルさんが誰とでも軽快におしゃべりする秘訣をアドバイス。

おしゃべりは発語による言語表現で、言葉は彩ることができます。古代ギリシアでは雄弁術なんてものがあったほど重要な能力。そこで生まれた技術がレトリックで、簡単に言えば直喩・暗喩・換喩などの比喩表現です。ほかに誇張法、列叙法などベストセラー作家であるサルトルさんならではの説得力を展開。

人間は思考も表出も言葉で行い、言葉なしでは生きられません。それなのにコミュニケーションがうまくいかないのは決まって舌足らずに原因があります。

だから時に言葉は相手に頼るしかありません。気持ちが伝わるように投げかける。

もしもうまくおしゃべりできないなら、半分は相手の責任だと思っておくと気が楽になります。

愛とは自由だ

あらゆる決断を先送りしてきたマリオの兄が、周囲の人たちによって外堀を埋められ、強制的に縁談が進められ結婚することに。

そこでサルトルさんが円満な結婚生活の秘訣をアドバイス。

ずばり「浮気をしなさい、お互いに」

夫婦円満には浮気と自由恋愛にある。結婚するほど愛しているならその愛は必然で素晴らしいもの。

しかし偶然の愛もあります。浮気も愛に変わりなく、愛そのものはすべてが美しいはず。

人間は自由な存在で、誰を愛し誰と肌を重ねるかも自由。自由の寄る辺のなさに不安を感じ、道徳というまやかしに自分をはめこもうとするのは欺瞞です。

書評

哲学者サルトルの言葉を、現代人のお悩みに回答する形で漫画にした哲学コメディ漫画。

サルトルの主張が現代的な感覚では絶妙にかみ合わない部分もあるが、毎話短いストーリーの中でうまい返しで問題解決に導いてると思います。小難しい哲学の話というのはなくて、私たちが日常生活の中で感じるよくある悩みを哲学的アプローチで諭してくれるようです。

そんなサルトルがぶさいくなパグ犬の姿で核心的な名言を残すギャップがシュールです。サルトルの性格面も強調されており、特に愛や性の話になると熱くなりすぎて下卑たゲス犬になります笑

哲学は難しいものとして捉えられがちですが、極論考えることが哲学で、普遍的な悩みに対する答えを導こうと努力するのは全て哲学です。そして人は生きている限り必ず悩みます。しかも皆同じような問題で悩むもので、絶対的な回答はないものの、哲学はそれぞれの個人が考える指針になってくれるでしょう。

JK一家の日常漫画に笑いと哲学を織り交ぜた新しいジャンルだと思いました。

JKさんちのサルトルさん

¥792

JKさんちのサルトルさん
大間九郎
さのさくら(絵)

ふいに出会ったJKのマリオさんと犬のサルトルさん。この出会いが、実存主義が、マリオさんと周囲を緩やかに変えていく。「上手く」生きたいなら別の本を、「ご機嫌に」生きたいなら、この本を。全3巻。

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【重版出来!】漫画に関わるすべての人に響く新人編集者の熱いお仕事漫画

知人におすすめされた漫画ですが、実は最初は「重版出来」なんてタイトルからして地味そう…なんて失礼なことを考えていました。

これが読んでみたら面白くてあっとういまに全20巻読み終えてました。

漫画に関わる仕事、あるいは出版において、我々読者からは見えない陰の立役者として活躍している仕事人たちを知ることができます。本を売ること、重版がかかかることの尊さがひしひしと伝わってきます。

松田奈緒子

長崎県出身。27歳のときに「ファンタスティックデイズ」で「コーラス」よりデビュー。「重版出来」は小学館漫画賞を受賞し、ドラマ化もした。

概要

週間コミック誌編集部の新人女性漫画編集者・黒沢心を中心に、漫画や出版物に関わる裏方にスポットを当てたお仕事漫画。

※「重版出来」とは初版と同じ版で刷り増すことで、すべての作家と出版社が好きな言葉。

大学まで柔道に打ち込んできた新人編集者・黒沢心。オリンピック日本代表の呼び声もあったほど柔道一筋だった彼女が、大手出版社「興都館」で週刊コミック誌「バイブス」に配属されます。

出版不況のこの時代に売れる本をつくりたい編集部と作家たちの熱意が炸裂!

作家のメンタルや人間関係、編集者の数字へのプレッシャーと個性、売り出し方のSNS戦略など、漫画に関わる人たちの人間模様がリアルに描かれています。また、グラビア撮影、画集出版、美術本など漫画以外の出版物なども取り上げて、出版業界独自の慣習や事情などを分かりやすくストーリーにしています。

二人の新人作家を抱えることから編集者としてスタートした主人公・心は、周囲のベテラン作家や編集者にも支えられながら、作家と共に着実に成長していきます。

書評

全20巻となっており、作品全体の骨子としては新人編集者・黒沢心が、発掘した天才新人漫画家をデビュー・連載・アニメ化と成功へ導いていく物語です。同時に作家の仕事面だけでなくプライベートや精神面にも焦点を当てながら、枝葉のショートストーリーもはさんでいく感じ。

悪口言われるほうがいいんですか⁉

そりゃそうだよ~、そんだけ自分のファン以外にも届いたってことだもん

よく持ち込みの新人が、目の前で読まれて恥ずかしいとか緊張して編集者を見れないっていうけど…一番最初の読者である編集者が、自分の作品を読んでどんな反応するか、自分の描いたもので勝負しようってんだから、気にするのが当たり前だろ。

クリエイティブな正解のない仕事をテーマにしているだけに、人物たちの悩みも多いものになります。だからこそ人の心に刺さる名言が頻出します。

黒沢心の審美眼によってひとりの若者を最終的に立派な漫画家まで押し上げるストーリーも素晴らしいですが、個人的には数話完結のショートストーリーで好きなものが多かったです。

漫画の映像化

漫画原作を映像化するにあたっての、原作者と制作者の折り合いの難しさが取り上げらました。このセンシティブなテーマは、場合によっては人命に関わるほどの問題をはらんでいます。

興行を優先したキャスティング、大御所俳優の使いどころ、原作と脚本の違い、あらゆる大人の事情が絡んでいるのが分かります。なぜ原作通りにならないのか、なぜ設定が変わるのかといった事情が少しだけ理解できました。

web漫画の台頭

バイブスでweb漫画誌を始める話が立ち上がった話。連載も単行本化もPVで決定、ジャンルも設けずセグメントの垣根を超えた連載で個人の好みを反映させるという方針でした。

しかしまだwebでコンテンツを発信する黎明期で、紙の雑誌に対するプライドなどからも反対意見も少なくない。

そこで部内で数字にうるさいヒール役だったベテラン編集者が「このまま何もしなかったら、紙の雑誌どころか漫画文化自体もなくなってしまう。今、やるべきです。」といって強気でおし進めます。局長にもしっかりと話を通し、企画を通した手腕に感心したシーンでした。

刀剣美術本プロジェクト

バイブスの人気漫画家の登場キャラクターにちなんだ刀剣に関するプロジェクト。巷で流行りの刀剣女子を取り込む形で、刀剣に関する美術本を出版することになりました。

しかし刀剣は権利関係が複雑で御物や個人蔵など一律ではなく、掲載許可を取るだけでも苦労するもの。掲載料や画像代が高額になることもあるそうです。さらに刀剣は光の芸術でもあり撮影が極めて困難な対象で、新撮となるとさらに費用がかさんでしまう。

このような業界裏話や制作秘話はとても興味深い内容でした。


作家と編集者が二人三脚で歩んでいく本作。その制作の裏では多くの人の関りや人間ドラマも見えてきます。

売れる作品を描く人は良い作品を描くのはもちろん、いかに読者や作品を愛しているか。デビュー後に息長く活躍する人ほど成長と変化があり、人間力に優れ、愛される人なのだと実感します。

もちろん厳しい現実を目の当たりにすることも多々あります。1作目が売れて2作目がぱっとしないとき、読者はフレッシュな新人作家に目移りするので、中途半端な売れ線で傷を広げるより、早めにたたんで次の作品に取り掛かったほうが建設的な「2冊目のジレンマ」など。

時代に翻弄されながらもうまくラッキーヒットさせる作品もあれば、時代に合わせてさらに努力する作家もいます。

私が一番好きなキャラクターはベテラン作家の高畑一寸でした。代理原稿でするっとデビューした受賞歴なしの無冠でありながら、常に新しいことに挑戦しながら漫画の研究に勤しんで人気作をキープ。女にはだらしないけど、新人想いで優れた審美眼から瞬時に漫画のアドバイスを出せる器量。

仕事と創作を通して漫画に関わる人たちの真剣な熱意に触れられ、読んでいるこちらも感化されそうになってきます。

重版出来

¥715

重版出来
松田奈緒子

漫画に携わる人々に焦点を当てたお仕事漫画、全20巻。

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【予告犯】カリスマダークヒーローとなった犯罪正義

一巻~五巻程度のボリュームで完結する漫画が好きで、この漫画はとくにお気に入りの作品です。映画化もされていましたが、原作から大きくそれずに比較的まとまっていた気がします。

社会レールからどこか外れていたり、世間との軋轢を感じている人にとって、見方になってくれるような内容です。

筒井哲也

愛知県出身。2002年、月刊少年ジャンプにて『最弱拳銃士ルービック』でデビュー。主な作品に「ノイズ」「マンホール」「ニーティングライフ」など。

あらすじ

動画サイトにて新聞紙を頭に被った男が犯行予告をアップロードしました。後日その犯行は実行され、その後も新聞紙男による同様の犯行予告が繰り返されます。

警視庁サイバー犯罪対策課は新聞紙男の正体や動機を探るべく本格的に捜査を開始。

新聞紙男が犯行を行う対象はいつも何かしらの悪人への制裁という形をとっており、ネット上では新聞紙男を支持する層が増えてきます。新聞紙男の犯行予告と悪人への制裁は社会現象へと発展し、カリスマ的存在へとなっていきました。

同様の犯行を繰り返し世間の注目が集まってきたタイミング。次の予告は某ネットサービス企業に勤める会社員が、採用面接中SNSにて求職者に対する差別的な晒上げ実況を行っていたことを糾弾しました。求職者は32歳で数年間の空白期間があり、放浪したのかニートだったのかわからないが、何かの事情で社会のレールから外れた男が社会復帰をしようと真面目に頑張っている人間を誰が笑いものにする資格があるのかと怒りを発露。

社会的弱者の代弁者として正義悪を実行した新聞男は着実に世論を味方につけていきます。一方でサイバー犯罪対策課は新聞男の行方を掴めずに捜査に苦戦していました。

標的は拡大し環境保護団体や衆議院議員などを狙い、制裁の内容も次第にエスカレート。警察も新聞男のしっぽを掴みはじめ、犯行予告をしている漫画喫茶をつきとめられるも、新聞男の支持者であった店員の計らいにより逃亡します。

新聞男がなぜ社会的弱者の代弁者たる立場で犯行を続けるのか、新聞紙に隠されたその正体、連続犯行の最終的にいきつく目的を明らかにする過去の事件とは――。

書評

三巻完結と短いながらも非常に綺麗にまとまった漫画でした。

新聞紙男の正体、動機、目的、すべてが明らかになった上、最後まで警察も世論も新聞紙男の策の上に転がされます。

犯罪とはいえ世の中の悪人に制裁を与えてだんだんと大衆に支持されていく復讐劇のような構成もすっきりしていいですね。警察から逃れるアリバイ対策もしっかりしており、もはや世間ではダークヒーローのようなカリスマ性を持っていきます。

特に前半は新聞紙男の正体が読者にもわからないうち、どこまでが彼の計算なのか底が見えない筋書きも読んでいて面白いです。そして後半の新聞紙男が生まれる経緯に至った壮絶な過去、犯罪を共有して築き上げた歪んだ仲間たち。

新聞男の根底には社会のすべての搾取される側の人間を救いたい、彼らにも自尊心が必要不可欠でそれがないのは生きている状況とは言えないと断言します。

自尊心を奪うやつが許せない。

それは街ですれ違う視線、給湯室から聞こえる会話、給料明細のよく分からない項目、偉そうな態度で職質をかける警察官など、社会のどこにでも隠れている。

生きていく中で、社会へのアンチテーゼを表出できずにくすぶっている、そんな人の心がちょっとすっきりする漫画でした。

予告犯

¥627

予告犯
筒井哲也

正体不明の新聞紙男による計画的犯行予告のクライムコミックス、全3巻。

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【コーヒーの絵本】あなたにとっての美味しいコーヒーが分かる絵本

この絵本を初めて見かけたのは、私が北海道に住んでいた頃のとあるカフェでした。その時にパラパラと読んで「意外と内容しっかりしてるな」と思っていました。

それ以降もカフェでこの絵本を見かけることが度々あり、かなり評判の良い本なのだということを知りました。

ただの絵本と侮るなかれ。美味しいコーヒーを求めるなら、最初の一冊におすすめのコーヒー入門本です。

庄野雄治

旅行会社に勤務の後、2004年に5キロの焙煎機を購入しコーヒーの焙煎を始める。2006年、徳島市内に「aalto coffee (アアルトコーヒー)」を開店。現在は、「aalto coffee and the rooster」と店名を変え、コーヒーの焙煎をしながら、レーベル「Hemisphere」を立ち上げ、リトルプレスやCDをリリースするなど活動の幅を広げている。

美味しいコーヒーってなんだろうという疑問に答える絵本。「美味しい」は人それぞれ違う主観的なものですが、その前提を踏まえてまず正しいコーヒーから、それぞれの「美味しい」の求め方を指南してくれます。

豆の産地や銘柄も大事ですが、まずは基本的な知識があったほうが間違いなく美味しいコーヒーが飲めます。

はじめにコーヒー選びで最も大事なことは鮮度。次に挽きたてであること。三つ目に好みの焙煎度を探ることです。

豆の挽き具合でも味は変わるが、中挽きを起点に探ると好みがわかります。 水は軟水であれば大丈夫。道具選びは無理をしないで、生活にあるスタイルで、コーヒーメーカーなりドリップなり自分に合うものを選びましょう。

紹介されているペーパードリップのレシピは以下の通り。

  • 豆 14g
  • 水 180ml

もし2杯以上ドリップするなら1杯ごとに豆を10g追加して、水の量は出来上がり量で計算しています。さらに湯の注ぎ方や、ドリッパーを外すタイミングなども丁寧に描かれていました。

最後になにより大事なことはコーヒーは自由に楽しむこと。 ブラックが一番ではなく、ミルクを入れたり、アレンジしたり。 酸味や苦みが気になるならお湯を少し足したり。「コーヒーとはこういうものである」といった固定観念や誰かの情報にとらわれると楽しめなくなってしまいます。

誰かが美味しいというコーヒーではなく、自分の中に美味しいと思えるコーヒーの基準を探っていくのがコーヒー楽しみです。 嗜好品だからこそ、豊かに楽しむため、丁寧に向き合ってみましょう。


ちなみに同シリーズに紅茶の絵本もあります。

コーヒーの絵本

¥1,100

コーヒーの絵本
庄野雄治
平澤まりこ(絵)

かわいい絵と楽しいお話でコーヒーのことがよくわかり、おうちのコーヒーがグッと美味しくなります。初心者のための、世界で一番やさしいコーヒーの絵本

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【孤独の愉しみ方】自然と孤独から多くの人生の原則を見出したソローの叡智

コロナ渦において「孤独」や「おひとり様」という言葉がメディアでもち上げられた時がありました。物理的に他者と距離をおくので、必然的に一人で過ごす機会が増えます。

日本では昔から「和」や「協調」など集団的な取り組みや形成に美徳を感じるところがあり、孤独という言葉が少々ネガティブに捉えられがちだと思います。それが皮肉にもコロナによって、孤独や1人での活動を肯定的に捉えていく機運が一気に高まったようです。

図書館に行ったとき、そんな世間のあおりを受けて孤独やおひとり様ライフの特集エリアが設置されていました。その時に手に取った一冊が非常に良かったのでご紹介します。

ヘンリー・デヴィッド・ソロー

インドの独立運動やアメリカの公民権運動などに影響を与えた作家。ウォールデン湖畔の森で2年間の自給自足生活を送った記録「ウォールデン森の生活」が大きく評価されている。

概要

本書は「孤独」をテーマにした5章立ての名言集となっており、名言に続いて解説や出典となる本の文脈が記載されているアンソロジー形式です。

  1. 孤独が一番の贅沢
  2. 簡素に生きる大切さ
  3. 心を豊かにする働き方
  4. 持たない喜び
  5. 自然の教え

孤独を愉しむ方法、人間らしく生きる方法、シンプルに暮らす大切さについて、150年前、アメリカの森の中の湖の畔で、小屋を建てて自給自足の生活をしながら遺した思索家の言葉を、わかりやすくいまに生きる人に向けて編集しました。

ガンジー、キング牧師を動かし、環境保護運動のバイブルともなり、世界を変革した言葉は「森の生活者」の孤独な時間から生まれました。心豊かに生きる秘訣がこの本には書かれています。

イースト・プレス 内容紹介

本書の中から個人的に特に気に入ってる内容を抜粋して紹介します。

「みんな」という言葉にまどわされてはならない。「みんな」はどこにも存在しないし、「みんな」は決して何もしてくれない。

多数による同調圧力をもってして相手を丸め込んだり、「みんな」という主語の大きい曖昧な対象に責任をおしつけたり、そうやって本来の自分を喪っていってはいけません。

退屈するのはその中に野生がないからだ。

文学の中で人の心を惹きつけるのは野性的なものだけである。つまらなさとは飼いならされていることの別名だ。

『ハムレット』には洗練されていない自由奔放な思考があって、言葉にできない美しさを含んでいます。 動物に例えるとわかりやすく、同じ動物でも飼いならされた動物園で眺めるのと、自然豊かな山の中で発見するのでは感動が大きく異なります。

生活費を稼ぐために、起きている時間のほとんどを労働に費やすのは、明らかに失敗だ。

ほとんどの人のように午前も午後も自分の時間を社会に売り渡してしまったら、人生は生きる価値のないものになってしまいます。目先の利益のために生得権を売り渡さないことがソローの信条。

人間は自分がつくった道具の道具になってしまった。

道具や手段が進歩しても達成したい目的は今も昔もずっと変わらないものが多々あるでしょう。

近代的な発展を肯定するばかりでは別の何かを失ってしまうかもしれません。

僕たちが住むこの地球も、宇宙の中ではほんの小さな点にすぎない。

ソローは他人からよく「森で暮らすのは寂しいだろう」といわれていました。

しかし視座をあげれば、この地球だって広大な宇宙から見ればほんの小さな点にすぎない寂しいものです。

書評

名言集なのでパラパラと気軽に読んでいけるし、気に入った部分には付箋をつけて何度も繰り返し読んでいます。

心の賛沢は、一人の時間から

孤独には、力がある。

イースト・プレス(コピーライト)

孤独が決して悪いものではないことや、むしろ人間が本質的に豊かな精神性を育むためには孤独が必要であることが分かります。

自分が一人であることに寂しさを感じているのであれば、それは孤独を味方にして自分を成長させるチャンスでもあるのです。

ちなみにこの本の装丁のつくりがよくて、内容も何度も読み返したくなるような本だったので、図書館で返却した後に自分で購入しました。さらにkindle版も購入したくらいお気に入りの一冊です。

孤独の愉しみ方

¥1,430

孤独の愉しみ方 森の生活者ソローの叡智
ヘンリー・ディヴィッド・ソロー
服部千佳子(訳)

孤独を愉しむ方法、人間らしく生きる方法、シンプルに暮らす大切さについて、150年前、アメリカの森の中の湖の畔で、小屋を建てて自給自足の生活をしながら遺した思索家の言葉を、わかりやすくいまに生きる人に向けて編集しました。

ソロー「森の生活」を漫画で読む

シンプルな生き方を提唱した名著の誉れ高い『森の生活』

実際に読むと長大で難解なこの作品を、選び抜いたソローの文章とジョン・ポーサリーノによるシンプルな描線で漫画にしたのが本書。

後半には引用されたソローの文章を訳出し、その言葉がどんな文脈で書かれたのかを解説しています。

ソローってどんな人?森の生活とは?という人にはこちらの漫画の内容が易しいのでおすすめです。

この世界で生きることは苦行ではなく、遊びなのだ。シンプルに賢く生きてさえいれば。

ソロー

ソローの遍歴

ハーバード大学卒業からパブリックスクール辞職の理由、執筆業で生計を立てる動機、森での生活、政府への意思表明、森での生活実験終了後の講演活動までの遍歴が記されています。

ソローの1845年3月~1847年9月までの日記は、アメリカ文学を代表する「森の生活」として出版され、これに触発されて多くの国立公園が生まれ、生態系保存活動が促されました。

また、エッセイ「市民としての反抗」こちらも20世紀のイギリス統治に対するインドの独立運動や、アメリカの公民権運動などに影響を与えています。

ウォルデン湖での生活

四季を感じ、動物の足跡を追い、ハンノキやブドウなど自生する植物、ウォルデン湖の情景を眺める生活。2エーカー半の土地にインゲン豆、ジャガイモ、トウモロコシ、エンドウ豆、カブなどを植えていました。

農作業して、1~2時間休息して、昼食をとり、泉のそばで本を読む。

そうやって自然と一体になっていく中で気がついたのは、すべては神秘的で果てしなく、自然を味わい尽くすことはできないということ。

人は容易いルートばかり歩くから、何度も行き来するうちに踏みならされ、伝統や文化という轍が刻まれます。だから森へ行くのはそんな流れへの逆行ともいえるのでしょう。

書評

漫画とありますが、実際にはイラストをぽつぽつと単純なコマでつなぎ合わたような、シンプルな線の絵本調の本です。思考をセリフ化して、コマとアンニュイな無言の表情だけで文脈を補完させる特徴的な漫画です。それがソローらしさを引き出してるようで、シンプルな構図だけどじっくりと時間をかけて読んでしまいました。

内容としてはソローを何も知らない人からすると、なんとも虚無的な無感動なストーリーに思えるかもしれません。しかしそれが現実ですし、そこに本来の生きる本質を見出す価値があります。

ソローは隠者ではなく、森の生活でも多くの客人を招き入れていましたし、自分が村に足を運ぶことも度々ありました。彼の見立てでは、子供や女性は森の中が好きでしたが、商売人や農夫に限って仕事と孤独の話ばかり気にしてくるそうです。社会生活の中で人々の大事な感性が失われていくことを嘆いているようですね。

後半には抜粋解説文もあるので、漫画で抽象的に表現してる部分はそちらで追って理解するといいでしょう。ジョン・ポーサリーノが、いかに言葉少なに「森の生活」を捉え、ウォルデン湖の静寂やソローの静謐な思考を再現しているかが分かってくると思います。

ソロー「森の生活」を漫画で読む

¥1,760

シンプルに暮らそう!ソロー『森の生活』を漫画で読む
ヘンリー・デイヴィッド・ソロー
ジョン・ポーサリーノ(絵/ 編集),
金原瑞人(訳)

人生の針路に迷ったとき、この本を開いてみてください。シンプルな絵の中に珠玉の言葉が散りばめられています。

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【 君たちはどう生きるか】より良き大人になるための不朽の児童文学

宮崎駿の映画のタイトルにもなった「君たちはどう生きるか」

吉野源三郎

1899年東京生まれ。東京帝国大学文学部哲学科卒。三省堂編集部で『大英和辞典』の編集にあたる。1935年、山本有三の好意で新潮社「日本少国民文庫」の編集に参画。これは、軍国主義の時勢に抗してヒューマニズムを子どもたちに伝えることを意図された全16巻の双書で、吉野源三郎は編集主任となる。『君たちはどう生きるか』もその1冊として1937年刊行。1937年、明治大学で教鞭を執る傍ら、岩波茂雄からの誘いで、岩波書店入店。1938年には、日中戦争下における批判的精神の欠如を戒め、現代的教養を広めることを目的とし、岩波新書の創刊を主導。1950年には岩波少年文庫の創刊にも携わる。

あらすじ

中学2年生のコペル君、亡くなった父は銀行の重役でそこそこの家柄。中学校の友人は実業家、大学教授、医者などの家系で、比較的上流の未来を期待される子供たちへ向けた話です。

学校や日常生活を通して、ものの見方、社会の構造、関係性を捉え、すぐれた洞察力と豊かな道徳的感性から発見を広げていきます。

そんなコペル君の発見に、叔父からのアンサーとしてノート形式で語られていきます。


コペル君とおじさんは銀座のデパートの屋上から人々を見下ろしていました。その時コペル君が、人間がこの世界を構成する分子の一つ一つであると例えたことにおじさんは感心します。

人はみんなが集まって世の中を作っているし、みんな世の中の波に動かされて生きています。自分自身もその分子の一つにすぎない。人間が自分を中心にものを見たり考える性質というのはとても根深く頑固です。人を一分子に見立てて客観的に世界を観察できたのは大きな発見で、とても成熟した考え方でした。

コペル君、北見君、水谷君の仲良し3人は、クラスでいじめられている浦川君を助けます。浦川君は実家が貧しい豆腐家で、いつも弁当のおかずが油揚げばかりだから、それをいじめっ子にからかわれていました。

油揚げ事件を解決した北見君の正義感、それに感動したコペル君の正直な心のありようを大切にしなさいと、おじさんは手紙で伝えました。

季節がめぐって雪の日に、浦川君も含めた仲良しグループで雪合戦をしていました。そこで北見君が上級生の雪だるまを壊す粗相をしてしまいます。

上級生から目をつけられていた北見君は、事前にみんなで何かあったら助け合う約束をしていました。しかしコペル君は北見君たちが上級生にからまれている時、怖気づいて手の雪玉を後ろ手に隠して無関係を装い裏切ってしまいます。

友達と深い溝ができてしまったコペル君は、後悔のあまり熱を出して学校を休みます。

おじさんはそんな情けないコペル君を見て、「友達同士の硬い約束を破ってしまったのに、どうして男らしく自分のしたことに責任を負おうとしないんだ」と一括。

さんざん悩んだあげくに手紙で誠心誠意の謝罪をしました。

「心が感じる痛みは体が感じる痛みと同様の意味を持つ。お腹痛いとか怪我をしたとか、体の故障によって自身が正常の体でないことを知る。苦痛がなければ気づかずに死んでしまうこともある。同様に心に感じる苦しみや辛さは、人間が人間として正常な状態にいないことから生じて、そのことを知らせてくれている。心が苦しいから、人間が本来どうあるべきかということを心に捉えることができる」

自分を責め立てるほど苦しみを感じているのは、正しい道に向かおうとしている証なんだ。

書評

コペル君の精神的な成長、友達の貧困、人間性の追求といった『より良く生きる』ための指南が凝縮された教養教育本でした。

漫画版だというのに文章量はかなり多いけど、コマ割りが大きくてさくさくと読みやすさはあります。

小説版も読んでいますが、おじさんのノートの内容はそのまま小説も漫画も同一です。ストーリーは漫画でサラッと進めて、大事なことが書かれたおじさんの手紙は忠実に文章として載せています。

世間には他人の眼に立派に見えるようにとふるまっている人がずいぶんいて、そういう人は自分が人の眼にどう映るかを一番気にするようになって本当の自分、ありのままの自分がどんなものかということをついお留守にしてしまうものだ。立派そうに見える人ではなく、良いことは良いこと、悪いことは悪いことだと一つ一つ判断して本当の意味で立派な人になってほしい。

おじさんの手紙

どう生きるべきか、ではなく、コペル君のあらゆる発見を起点にした社会的な認識のもとで、『どう生きるか』というあくまでも提示になっています。このタイトルが優れているところですね。

そして「君たちはどう生きるか」この言葉は最後にコペル君から発せられます。

現代では上から目線のタイトルが鼻につくとも言われてしまうようですが、それも当然の背景があったりします。本書に登場する子供たちは、将来日本を背負っていく上流家庭の限られた男子たちに向けた内容だからです。

人々を引っ張っていくリーダーたるもの、人として良くあれというメッセージなのでしょうが、言われていることは上流階級に限らず万人が目指すべき普遍的な道徳です。だからこそ80年も読み継がれる古典となっているのでしょう。

漫画 君たちはどう生きるか

¥1,430

漫画 君たちはどう生きるか
吉野源三郎 (著)
羽賀翔一 (著)

人間としてあるべき姿を求め続けるコペル君とおじさんの物語。出版後80年経った今も輝き続ける歴史的名著が、初のマンガ化!

小説 君たちはどう生きるか

小説版も読みましたが、内容としては漫画版とほぼ同じ。ストーリーも基本的に同じ流れですし、重要なおじさんの手紙はそっくりそのまま同一の内容です。

相違点は以下、

「水仙の芽とガンダーラの仏像」「春の朝」が漫画ではカットされています。水谷君の家で遊び、彼の姉が登場するくだりがカットされています。

小説だからこその新しい発見や気づきというのもほぼなかったので、基本的には漫画版で読むほうがおすすめかなと思っています。

また、当時の出版背景には満州事変~日中戦争に発展する時代にあり、言論や出版の自由が制限されていたことも踏まえておくべきです。労働運動や社会運動は激しく弾圧され、もちろんこのような本も出版が容易ではありません。

それでもこの時世の影響から少年少女を守り、人生をいかに生きるかという倫理だけでなく、社会科学的認識を改めて見つめ直す本として送り出されました。

君たちはどう生きるか

¥1,067

君たちはどう生きるか
吉野源三郎

人生いかに生くべきか。子どもから大人まで時代をこえて読み継がれる不朽の名作。

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【神様がうそをつく。】非公式ラジオドラマが制作されるほどファンを魅了する漫画

一巻完結漫画の中でおすすめの漫画であげられることが多い本作。私もお気に入りの一冊で、短いストーリーの中に複雑な心境やノスタルジックな雰囲気が詰まっています。

漫画があるのに電子書籍を買って、ラジオドラマCDや、ポストカードまで集めてしまいました。

小学生らしい無邪気さや、人の気を敏感に察知するけどうまく言葉に表せない不器用さが伝わってきます。ときに突発的な思い切った行動に出たり、自分が小学生のころを追憶するようなすごく丁寧な描写です。

尾崎かおり

コンテンツ

あらすじ

東京から転校してきたなつるは、クラスのカースト上位の姫川からプレゼントを渡されるが、照れ隠しで逃げるようにして断ってしまいます。それがきっかけでクラスの女子から無視されるように。

普段はサッカーをしており、とくに上手だったので人気者でした。

サッカーの練習終わり、家に帰る途中で捨て猫を拾うが、母がアレルギーのため家では飼えないと断られます。仕方なく外に出て猫を諦めようとしたところ、クラスメイトの鈴村に会い久しぶりにクラスの女子と会話をします。

真っ白で「とうふ」と名付けられた猫は、飼育費を払う条件に彼女の家で引き取ってもらうことに。

鈴村は父が置いて行った養育費でスーパーで食材の買い出しから家事まで、弟の面倒を見ながら生活のすべてをまかなっていました。未だに母に甘えているなつるは、そんな彼女の生活を見て驚きと戸惑いを露わにします。彼女たちが抱えていた秘密は、父が出ていったきり子供二人だけで生活をしていることでした。

夏休み。

サッカーコーチとそりが合わないなつるは、夏の合宿をさぼって公園で弁当を食べていました。

一方で鈴村に預けた猫の様子を見に行くと順調に成長しています。鈴村と弟の二人も相変わらず二人だけで貧しい生活を送っていました。

合宿をさぼった手前、家に帰れないなつるはそのまま鈴村の家に泊まっていくことに。鈴村たちの自立した生活ぶりと、自分が合宿から逃げ出して甘えた現状を比較して、なんと子供らしいことかと情けなくなりました。

こうして秘密の夏休みが始まり数日、ついに鈴村の父が帰ってくる日がきました。しかし約束の日時がすぎ、いくら待てども父は帰ってこない。

そしてなつるは鈴村家のさらなる秘密を知ることになります。

書評

たった1冊で完結する短いストーリーの中に、キャラクターそれぞれの感情や想いがパラパラと小さな粒となって広がっているイメージ。それでいて物語全体がばらけずに、きっちりとまとまっているのがこの漫画の良さです。

俗に言うと感傷的なエモさやノスタルジーがあって、自分が小学生の頃の不器用さや無力さが思い起こされるような感じです。非現実的な話であり、どこか現実味も帯びていて、この作品がもつ独特の魅力にからめとられました。

内容としては「小学生がそんなことしないだろう」とつっこみを入れられそうなところもありますが、あながち絶対にあり得ないとも言えない状況が絶妙です。

そして何よりもなつるの感情表現がとても奥行きがあって漫画的に素晴らしいのです。主人公の心を突き動かすエピソードや設定がいくつもあるのですが、状況に応じて表情に出したり、言葉にしたり、うまく表現できずに苦しんだり。

「神様がうそをつく。」意味ありげな含みのあるタイトル、これもまた最後に物語を綺麗におさめてくれました。

なつる、今までずっとあのこを守っていたの?

律津子

このセリフを読んだ瞬間泣きたくなります。

他人にはとうてい理解できない秘密を抱えて生きていくこと、唯一の理解者がいてくれる救い、これらに想像をはせると、感情移入が止まらなくなり、私にとって特別な漫画の一冊になりました。

サウンドドラマCD

この漫画のファンはたくさんいて、その中で声優の小林祐介さんと種﨑敦美さんのふたりがとくに好きで、それゆえに出来上がったサウンドドラマがあります。

非公式作品ではありますが公認となっている同人作品ですが、クオリティも非常に高く、この漫画のファンなら絶対に買って損はないものだと思います。

ボイスは8人出演、効果音などもしっかりとつくりこまれていました。

シーサイドショップでCDとダウンロード版を購入できますが、CD版には声優お二人のアフタートークも収録されています。

神様がうそをつく。

¥792

神様がうそをつく。
尾崎かおり

文装舎編集部が最も推している漫画。1巻完結なのに濃密な読みごたえで感動必至!