2023-08-05

【漫画 君たちはどう生きるか】より良き大人になるための不朽の児童文学

著者出版
羽賀翔一
吉野源三郎(原作)
マガジンハウス:2017年

原作、改訂版、漫画版などいくつかの版がある。

あらすじ

中学2年生のコペル君、亡くなった父は銀行の重役でそこそこの家柄。中学校の友人は実業家、大学教授、医者などの家系で、比較的上流の未来を期待される子供たちへ向けた話。

学校や日常生活を通して、ものの見方、社会の構造、関係性を捉え、すぐれた洞察力と豊かな道徳的感性から発見を広げていきます。

そんなコペル君の発見に、叔父からのアンサーとしてノート形式で語られていきます。

コペルニクス的発見

コペル君とおじさんは銀座のデパートの屋上から人々を見下ろしていた。その時コペル君が、人間がこの世界を構成する分子の一つ一つであると例えたことにおじさんは感心する。

人はみんなが集まって世の中を作っているし、みんな世の中の波に動かされて生きている。自分自身もその分子の一つにすぎない。

人間が自分を中心にものを見たり考える性質というのはとても根深く頑固。人を一分子に見立てて客観的に世界を観察できたのは大きな発見で、とても成熟した考え方だ。

油揚げ事件

コペル君、北見君、水谷君の仲良し3人は、クラスでいじめられている浦川君を助ける。浦川君は実家が貧しい豆腐家で、いつも弁当のおかずが油揚げばかりだから、それをいじめっ子にからかわれていた。

油揚げ事件を解決した北見君の正義感、それに感動したコペル君の正直な心のありようを大切にしなさいとおじさんは説いた。

雪合戦の裏切り

季節がめぐって雪の日に、浦川君も含めた仲良しグループで雪合戦をしていた。そこで北見君が上級生の雪だるまを壊す粗相をする。

上級生からマークされていた北見君は、事前にみんなで何かあったら助け合う約束をしていた。しかしコペル君は北見君たちが上級生にからまれている時、怖気づいて手の雪玉を後ろ手に隠して無関係を装い裏切ってしまう。

友達と深い溝ができてしまったコペル君は、後悔のあまり熱を出して学校を休む。

おじさんはそんな情けないコペル君を見て、「友達同士の硬い約束を破ってしまったのに、どうして男らしく自分のしたことに責任を負おうとしないんだ」と一括。

さんざん悩んだあげくに手紙で誠心誠意の謝罪をした。

仲直り

「心が感じる痛みは体が感じる痛みと同様の意味を持つ。お腹痛いとか怪我をしたとか、体の故障によって自身が正常の体でないことを知る。苦痛がなければ気づかずに死んでしまうこともある。同様に心に感じる苦しみや辛さは、人間が人間として正常な状態にいないことから生じて、そのことを知らせてくれている。心が苦しいから、人間が本来どうあるべきかということを心に捉えることができる」

自分を責め立てるほど苦しみを感じているのは、正しい道に向かおうとしている証なんだ。

感想・書評

コペル君の精神的な成長、友達の貧困、人間性の追求といった『より良く生きる』ための指南が凝縮された教養教育本でした。

漫画版だというのに文章量はかなり多いけど、コマ割りが大きくてさくさくと読みやすさはあります。

小説版も読んでいますが、おじさんのノートの内容はそのまま小説も漫画も同一です。ストーリーは漫画でサラッと進めて、大事なことが書かれたおじさんの手紙は忠実に文章として載せています。

世間には他人の眼に立派に見えるようにとふるまっている人がずいぶんいて、そういう人は自分が人の眼にどう映るかを一番気にするようになって本当の自分、ありのままの自分がどんなものかということをついお留守にしてしまうものだ。立派そうに見える人ではなく、良いことは良いこと、悪いことは悪いことだと一つ一つ判断して本当の意味で立派な人になってほしい。

おじさんの手紙

どう生きるべきか、ではなく、コペル君のあらゆる発見を起点にした社会科学的な認識のもとで、『どう生きるか』というあくまでも提示になっています。このタイトルが優れているところですね。

そして「君たちはどう生きるか」この言葉は最後にコペル君から発せられます。

現代では上から目線が鼻につくとも言われてしまうことがあるようですが、それも当然の背景があったりします。本書に登場する子供たちは、将来日本を背負っていく上流家庭の限られた男子たちに向けた内容だからです。

人々を引っ張っていくリーダーたるもの、人として良くあれというメッセージなんでしょうが、言われていることは上流階級に限らず万人が目指すべき普遍的な道徳です。だからこそ80年も読み継がれる古典となっているのでしょう。

小説 君たちはどう生きるか

ちなみに、私は小説版も読みました。

内容としては漫画版とほぼ同じ。ストーリーも基本的に同じ流れですし、重要なおじさんの手紙はそのまま同一の内容です。

相違点は以下

  • 「水仙の芽とガンダーラの仏像」「春の朝」が漫画ではカットされている
  • 水谷君の家で遊び、彼の姉が登場するくだりがカットされている

小説だからこその新しい発見や気づきというのもほぼなかったので、基本的には漫画版で読むほうがおすすめかなと思っています。

また、当時の出版背景には満州事変~日中戦争に発展する時代にあり、言論や出版の自由が制限されていたことも踏まえておくべきです。労働運動や社会運動は激しく弾圧され、もちろんこのような本も出版が容易ではありません。

それでもこの時世の影響から少年少女を守り、人生をいかに生きるかという倫理だけでなく、社会科学的認識を改めて見つめ直す本として送り出されました。

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