【時をかける少女】タイムスリップ小説のロングセラー
著者 | 出版 |
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筒井康隆 小説家、劇作家、俳優と多彩。特にSF作品は小松左京、星新一と並んで御三家と称される巨匠。 | 角川文庫:2006年(新装版) 初版は1967年で、kindle版など含めて8パターンのデザインがある。 |
表題作のほか「悪夢の真相」「果てしなき多元宇宙」
あらすじ
放課後の誰もいない理科実験室でガラスの割れる音がした。壊れた試験管の液体から、わたしの知っている甘い香りがただよう。同時に不意に意識を失い床にたおれた和子は、目を覚ましてから時間と記憶をめぐる奇妙な事件が次々に起こる。思春期の少女が体験する不思議な世界と、甘く切ない想いに胸をときめかせるこの永遠の物語も、また時をこえる。
概要文
時を越えてこの本が読みつがれていくことを、読者に対しても伝えているような、なんとも粋な紹介文になっています。
ラベンダーの香り
理科教室の掃除を任せられた和子、一夫、吾朗の3人。
ごみを捨てに行った和子は理科準備室で怪しい人影を見た。不審に思って正体を確認しようとすると、焦った人影はガラス容器を落として消えた。
割れたガラス容器から漏れた液体はラベンダーの香りがして、和子はその匂いを感じ取った直後に意識を失って倒れてしまう。
一夫と吾朗、そして福島先生は貧血で倒れたのだろうと思い大事には至らなかった。
しかしこの事件が和子に不可解な現象を引き起こしていく。
地震
事件から3日後の夜にベッドで寝ていると地震が発生。和子はすぐに避難して外に出ると、近所で家事も発生していた。
それが吾朗の家の隣だったから心配で様子を見に行くが、火はすぐに消火されて吾朗も無事だった。
そんな災難の翌朝に和子と吾朗が登校していると大事件が起きる。
横断歩道にトラックがつっこんできたのだが、寝不足で遅刻気味だった2人は焦っていたし判断力も鈍っていたので、和子はトラックに巻き込まれてしまう。
タイムスリップ
確実に死んだと思われたが、和子は目を覚ますとまだ登校する前の朝、自分自身の部屋にいた。事故に遭う日よりも前に時間が逆戻りして、現場から遠く離れた安全なベッドの中にいたのだ。
タイムスリップしたのは地震が起こる夜の日だったから、和子にはその日にまた地震が起こること、吾朗の家の近所でボヤが起きることもわかっている。
この不思議な現象が説明しようもないのだけど、一応、一夫と吾朗に話してみた。吾朗にとっては家が火事に見舞われるかもなんて縁起でもない話をされたら良い気がしないので、和子は強く批判されてしまう。一夫は冷静に話を聞いて、とりあえず「今晩本当に地震が起きるのかどうかさえわかればいい」という結論に。
その日の夜、実際に地震は起こったし、近所で火事も発生して、和子の言っていたタイムスリップに真実味が帯びてきた。
和子にとっては、またいつタイムスリップするか分からない不安がつきまとい、本人にとっては深刻な問題だった。
事件の真相
和子、一夫、吾朗の3人はこの突拍子もないできごとを真剣に相談できる大人を求めて、担任であり理科の先生である福島先生にのもとへ行った。
信じてくれるかどうか不安だったが、福島先生は話を真面目に聞いてくれて、和子たちにこんなアドバイスを提言する。
「和子の身に不思議なできごとが起こるようになったきっかけの事件、あの理科準備室での怪しげな男を探って事情を尋ねるしかない」
そのためには和子は再びタイムリープして4日前まで戻らなくてはいけなかった。
そうして事件の真相、和子がタイムリープとテレポートする不思議な能力を手に入れてしまった経緯を探りに行く。
感想・書評
この本は昔、読んだことがあったのですが、前回朝井リョウさんの『時をかけるゆとり』を読んだことで本書が少し懐かしくなって読み返してみました。
※内容自体はまったく関連性がなく、タイトルパロディとなっているだけです。
ずいぶん昔に読んだので内容はほとんど忘れていましたが、大人になって読み返しても面白かったですね。
内容が分かりやすく大人から子供まで広く読み継がれるSF作品だと思います。ロングセラーとなっているのも納得です。
事件の真相はすべてスッキリと解決しますし、時間軸が過去や現在を行き来しても話がシンプルなのが良い。半世紀も前の作品とは思えない読みやすさです。
少女がただタイムリープするだけのSF小説かと思いきや、最後まで読むと未来人、集団催眠、淡い恋愛など、この短い話の中にずいぶんとドラマチックな展開が詰めこまれています。
不本意にもこんな不思議な能力を身につけてしまった思春期の少女の動揺というのも見どころでしょう。
ちなみに和子がタイムリープするきっかけとなったラベンダーの香り、花言葉が「あなたを待っています」これ知ってると最後のエピソードでちょっと感心します。タイムスリップが通称「時振」と呼ばれているのも、設定が凝っているなと思いました。
悪夢の真相
本書2本目の短編。
人間の恐怖心の根源を心理的に紐解いていく物語。
「般若のお面」と「橋を渡る」のが怖い女子中学生と、夜にトイレに行くのが怖くてお寝ショぐせが直らない弟の話。
高所恐怖症、虫が怖いなど、同じ対象でも平気な人もいれば怖くてどうしようもない人がいるのは、改めて考えてみれば不思議なこと。これを読んだらあなたもなにかトラウマを解消する助けになるかもしれません。
果てしなき多元宇宙
本書3本目の短編。
ある女子高生が「世界がこうであったらいいのに」と無意識に願っていた通りの世界、いわば現実とは異なる別次元の世界に迷いこんでしまう話。
もっと目がぱっちりしてればいいのにと思ってたら二重まぶたになっているし、半音が苦手で歌が音痴だったけどこの世界からは半音がなくなってピアノの黒い鍵盤もなくなっています。
何もかもが自分の思い通りかのような多次元世界の設定、SFらしさ全快の短編小説です。