2023-08-05

【ジキルとハイド】二重人格の代名詞となった怪奇小説

著者出版
ロバート・L・スティーブンソン
田口俊樹(訳)
新潮文庫:2015/02/01(新訳版)
原作1886年

Robert Louis Stevenson
1883年に『宝島』1886年に『ジキルとハイド』を刊行。コナン・ドイル、プルースト、ヘミングウェイ、夏目漱石など同時期~後世に活躍した作家から高く評価された。

あらすじ

人間に内在する善と悪の二面性を捉えた二重人格の代名詞となった名作。

ジキル博士が純粋な悪に心を染めるハイドに成り変わること、その悪への誘惑に抗いきれなかった男の悲劇。

奇妙な小男

アタスンは一緒に散歩をしていたエンフィールドからある噂話を聞いた。

ある小男と少女が十字路で鉢合わせてぶつかってしまったが、その小男は少女を踏みつけてそのまま去っていった事件。小男はすぐに連れ戻され少女に対する示談金として100ポンド1を支払う約束を取り付ける。しかしその際に小男が小切手を取りに行った家が、ロンドンでも高名な人物であるジキル博士の家の別棟である解剖室だった。この悪人の小男と、高名なジキル博士の関係には疑問を抱かざるをえない。

ジキル博士の遺言状

アタスンは以前よりジキル博士から「ジキル博士の遺言状」を博士の自筆のもので預かっていた。その内容は、博士が死んだら財産のすべてを友人であり恩人であるエドワード・ハイドに相続するとのこと。
アタスンはハイドという名前を思わぬ噂で聞いたものだから、この遺言状の真偽を確かめるべくハイド探しを始める。

ジキルとアタスンの共通の旧友であるラニヨン博士のもとへ行くが、ジキルとラニヨンはすでに疎遠になっていた。手がかかりを得られなかったものの、粘り強くジキル博士の屋敷を張り込んでいたところ、ようやくハイドとの接触に成功。エンフィールドから聞いた話の通り、人を不快にさせ腹の底から嫌悪を沸き起こさせる何かがある容姿だった。アタスンはジキルがハイドに弱みを握られているのか、なにか人には言えない関係を持っているのかと疑いを強めていく。

後日ジキル博士を直接訊ねたが、ジキルはハイドについては深くは立ち入らずに遺言状通りの信頼できる男だとして、余計な詮索は不要だといわんばかりにかわされてしまった。

ハイドの行方

ある日に、国会議員であるカルーがハイドに殺害される事件が起きた。目撃証言からハイドであることに間違いがなく、そのまま姿をくらましてしまったので、アタスンは再度ジキルのもとを訪ね極悪人であるハイドとは一切の関係を断つことを進言する。事件後からジキル博士は外部との接触を拒んで家に籠る隠遁生活となってしまい、アタスンはますますジキル博士に対して不安と心配を募らせた。

ハイドが完全に消息を絶ってからしばらく、アタスンの家にジキル博士の屋敷の使用人プールが訪ねてきた。プールは屋敷の様子がおかしいこと、主人であるジキル博士が殺害された可能性があると申し出て、アタスンを屋敷まで連れ出し事情を説明する。

ジキル博士の告白

ロンドンを震撼させた悪人ハイド、彼を相続人にしようとするジキル博士の謎、そしてジキルの重大な秘密を知って憔悴して亡くなったラニヨン博士。これらのすべてが繋がる最後の夜が始まる――。

感想・書評

本編は140ページほどの中編小説、古い本にしては内容が褪せない設定で、登場人物も少ないので非常に読みやすい本でした。

弁護士であるアタスンの視点でミステリー調に進行していきます。ミステリーとはいえ読者視点では、はじめからジキルとハイドが同一人物であることが分かり切っているので、ジキルの内心を探りながら事件の全容を明らかにしていく過程に物語の面白さがあります。

事件の全容が明らかとなる最後の夜の後、ジキル博士が遺書として残した手記による告白という二部構成です。このジキル博士の告白は、たった140ページの短い物語の4分の1も占めており、ジキルの切迫した思いや葛藤が鮮明に描かれています。

彼の手記の中で最も印象的だったセリフに、その苦悩とこの物語の本質が凝縮されていました。

「人間が抱えるふたつの人格を分離して考えるのが愉しみだった。”悪”のほうは、清廉潔白な双子のかたわれの理想や呵責の念から解放され、堂々とわが道を突き進むことができるのではないか。”善”のほうは、すじちがいの”悪”がもたらす恥辱や後悔にさらされることなく、喜びの糧である善行を繰り返し、迷うことなく高潔の道を進むことができるのではないか。この相容れない二本の薪がひとつの束にくくりつけられていることこそ、人類の呪いなのではないか。」

114p ヘンリー・ジキルが語る事件の全容 ジキル博士の手記

ハイドは紛れもなく悪だが、ジキルはあくまでも理性をもって悪を抑制した善の仮面をかぶった普通の人間です。人間はこの善と悪の二面性を合わせ持ってその人格を形成していますが、これがどちらかに振り切れることはないために相反する性質が精神内においてストレスを生むのでしょう。それを科学の力で分断して純粋な悪になりきれる快感に酔いしれてしまったのが、天才であるジキル博士の悲劇でした。

ジキルとハイドにはモデルがあり、18世紀に高級家具師で職人組合長でありエディンバラ市議会議員でありながら、裏ではスリルを求めてギャンブルの種銭稼ぎに夜盗をはたらく『ウィリアム・ブロディ』がいます。彼は家具師として自信で初めてエディンバラに絞首台を作り、初めてその刑具の受刑者になった皮肉な話。この顛末までもが本作のジキルとハイドの最期に重なるところがあります。

  1. 1880年では1ポンド約100円の価値で当時の1円を現在の価値換算で2万円とすると、示談金は200万円程度だったと推測。 ↩︎

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