
本屋でいわゆるパケ買いをすることがあるのですが、この本はまさしくそれでした。シンプルな白地にアクセントで光るメタリックブルーの十字ロゴと、内容を想像しにくいタイトル。
装丁デザインに惹かれて読んでみた本でしたが、これがまさか有名人の別名義で執筆された小説だとは思いませんでした。しかも巨額の賞金がでる文学賞を受賞したものの、八百長の疑惑が浮上して賞金を受け取らなかったとか。そんな話題性を持った一冊を知らぬうちに手に取っていたのだから、人を引き付ける何かがあるのは確かなのかもしれません。
つまり『命』とは大東さんの個性や人格、そして未来です。それらを奪った行為に対して求める補償金は本来ならばこの二千数百万という金額よりもずっと多くなければなりません。ところが大東さんは自らの手で自分の人格を捨て、未来を断ち切ろうとしました。そのまま自殺が遂行されていたら残るのはバラバラに砕け散った肉体だけです。つまり私たちが取り扱っているのは、その地面に激突する寸前の大東さんの命の抜け殻なのです。
KAGEROU 80p
俳優 水嶋ヒロの作家名義。著作はこのデビュー作のみとなっている。本作「KAGEROU」にて第5回ポプラ社小説大賞受賞。
ポプラ社2010/12/15
あらすじ
廃墟となったデパートの屋上遊園地から飛び降りようとしていたヤスオは、決断をする瞬間にある男に呼び止められます。
男は全日本ドナー・レシピエント協会、通称全ド協の京谷と名乗りました。全ド協は臓器提供者ドナーと臓器提供を受けるレシピエントの橋渡しを担う機関です。京谷はヤスオに自ら命を断つのなら、その命(肉体)に見合った金額を受け取ってから死んだほうがいいと提案しに来たのでした。
そして全ド協が提示する見積もり額はヤスオの借金500万を返済しても十分な遺産を残せるほどでした。
ヤスオはその提案を承諾し、精密な身体検査や既往歴などのもと、頭のてっぺんからつま先までの査定を完了させます。自らの肉体に金額をつけられると、嫌でも命の価値と平等さについて考えざるをえません。
ドナーは鮮度が大切なので、ヤスオの命は最適なレシピエントが見つかるまで全ド協の施設で管理されることになります。そこで過ごしているうちに、ヤスオはあるレシピエントの少女と出会い、生きることを再び考えさせられるのでした。
書評

ヤスオは自殺志願者のわりに性格は明るくふざけるタイプです。会話の中で度々寒いおやじギャグをはさんでくることもあります。命の価値や自殺をテーマに扱う本にしては、主人公が剽軽なキャラなので人によっては抵抗感がありそう。物語の重い雰囲気を和らげるバランス役ともとれますが、作風とキャラクターにギャップを感じるのは確かですね。
設定が絶妙に作りこまれているのが良かった点です。全ド協がありそうでないようなラインをせめていて、ドナー提供契約や金額面の折り合いについてなど、ヤスオが読者が疑問に思いそうな部分を積極的に質問しています。逆にファンタジーにならないように突っ込みどころをつぶそうとしている感もあって、どこか物語設定の説明的展開が目立つようにも思えました。
しかし「ありそうでないだろう」この絶妙なラインで全ド協の不穏な存在を定めていたのに、後半になると主人公が自らの心臓をハンドルでくるくる回しながら延命するシーンがあり、非現実的かつシュールな急展開に驚きました。
命の価値についてヤスオと京谷が議論している際に、そもそも命の価値をはかることの合理性のなさに言及されます。個性や人格、その人の未来まで含めて命です。だから協会はあくまでも肉体に対して価値をつけているので、自らの意志で未来を切り捨てたヤスオの命に対して論理的にはかれない人格や未来は含まれないのです。命が数百万~数千万というと安く感じるかもしれませんが、命の抜け殻としての肉体にその機能に見合った金額しかつかないのは納得できそうな理論ですね。

KAGEROU|齋藤 智裕
ポプラ社