【羆撃ち】羆を一撃で仕留める北海道の伝説のプロハンター
著者 | 出版 |
---|---|
久保俊治 | 小学館:2009/04/25 |
北海道標津町で牧場経営をしながら猟を続けるノンフィクション小説。
1947年小樽に生まれ、20代よりプロのハンターとして単独猟を生業に。本場アメリカのプロハンター養成学校をトップの成績で卒業。
あらすじ
を生業として生きていく覚悟を決めた男のハンティングとサバイバルにかける哲学と、猟の相棒アイヌ犬“フチ”との絆の物語。
哲学というと固いものに思われますが、いわば久保さんの猟に対する思いの変遷を辿ったエッセイ調の自伝です。
久保さんはすでに日本の狩猟業界では知らぬ人がいないであろうほどの伝説のハンターとなっています。それは彼の獲物に対する誠実さと、ハンターとしての矜持が備わっているからでしょう。
旨い。手負いで苦しんだり興奮して死んだ獲物に比べて、苦痛や恐怖をほとんど感じることなく斃された動物の肉はこれほどに旨いものなのか。
二章 “闇からの気配”
小樽からプロハンターへ
幼少期、父が趣味として日曜ハンターを始めたため、山や渓流でサバイバル生活を経験。父は子供ひとりでできることには決して手を貸さずに見守り、山の中で安全に関わることなどは必ず気にかけて手を差し伸べる人。これが久保さんの自立心を育て、一人前に生きる自信を与えてくれていたのだろう。
大学進学して20歳になると早速銃の所持許可をとり、父から村田銃(ライフル)を譲り受けた。
※このころは現在のように射撃試験もないし、ライフルをもつのに散弾銃の所持歴10年以上という縛りもない。もし将来的に獣猟(鹿や熊)を中心にやりたいのなら、早めにとっておくにこしたことはない。
大学の春休みに単独で小樽の山に入る。ベースキャンプを張って、獲物を追跡するときは必要に応じてビバークをする山での生活。
初めての羆猟に成功し長年の夢が一つ叶ったものの、反省が多く残るものでもあった。この時に急所を狙って1発で斃すことを心に誓う。
大学卒業を控えるころには就職せず猟で生活していくことを決めていた。
標津町で猟犬をパートナーに
牛の被害が多発していた標津町に向かう。久保さんは後に小樽から標津町に移住して、標津の山をホームグラウンドにする。
集落の一軒の農家が羆に襲われて若牛が一頭さらわれた。警察や役場の職員、ハンターなどが大勢集まって、ハンター数人で朝まで見張ることに。うまくいけば夜のうちにかたがつく。しばらくすると、牛舎の500頭の牛たちのざわめきが急にぴたりと静まった。人間にはわからないが動物は見えないものでも気取る力がある。結局その夜は撃つ隙もなくまた牛が一頭さらわれた。
翌朝に20人ほどのハンターと地元の人で巻狩を決行して牛舎を襲った羆を仕留めた。
1週間後に同様の被害が報告され、再度巻狩りを行うが、この日に仕留められた羆は未熟なハンターに何度も弾を撃ち込まれて、何の尊厳もなくなぶり殺しにされ哀れに思う。このときに久保さんは自分は人と組んで猟はできない、単独猟だけに生きるのを決意。
自分でも納得のいく羆撃ちができるようになったころ、次なる目標として羆猟に対する自分の技と精神をすべて注ぎ込める犬を育てたいと思う。これも昔からの夢の一つだ。猟犬はどんなに素質が良くても、それを使うものの技量以上には絶対に育たない。
犬探しは妥協なく徹底的に。野生の血を多く残したアイヌ犬をいくつかの血統から吟味して、各地のアイヌ犬繁殖家を訪ねた。また、猟では一般的に体が大きく勇敢な牡が好まれるが、久保さんはあえて一回り小さい牝を探した。気分にむらがなく、粘り強い性格に、俊敏な動きを期待できるからだ。
生後2か月千歳系のアイヌ犬の牝を引き取って“フチ”と名付ける。躾の覚えがよく、性格も良い、最高の羆猟犬になる期待がもてる。
※アイヌ語で火の女神を意味する「アペ・フチ・カムイ」からとった。この本の表紙にもイラストになっている。
フチの初陣はシカ猟となったが、最初は常に犬の安全や体力に常に気を配る。ここで無理をして怖い思いをすると取り返しがつかなくなる、かといって甘やかしても能力を十分に引き出せなくなるので、この訓練の塩梅が難しい。初めてのシカ猟は深追いして迷子になってしまったが、自力でベースキャンプに戻ってきたし、シカを追うこともできていた。初陣にしてはよく働き、後の猟でも必ず何か学び取って立派な猟犬へと成長していった。
ハンターの本場アメリカで挑戦
裕福な暮らしとは言えないが猟で食っていける、自然の中で理想の生活をできている、長年の夢だった立派な羆猟犬も育て上げた。次なる目標がハンターの本場アメリカで自分の腕がどこまで通用するのか試したい。そうして伝手を辿って紹介されたのがモンタナ州のプロハンター養成学校『アウトフィッターズ・アンド・ガイズ・スクール』だ。校長の名前からとって通称『アーヴスクール』ともいう。
宿舎に泊まりながらこれから5週間19科目の専門授業が始まる。馬学、射撃、動物行動学、マップリーディング、応急処置、調理や解体など。なかでも射撃教習にて業界では非常に高名な専門家に、久保さん自身が調整した日本のライフルを絶賛されて、贔屓目に指導についてもらいながら、バッファロー・トシと呼ばれた。最終的にトップの成績で卒業し、後に校長からも1000人に一人といわれる生徒となった。
卒業後はカリフォルニアやアイダホ、ユタでハンティングガイドの仕事をこなす。
定住
帰国後にフチとの再会。また北海道での理想の猟をできること、フチと一緒に山に入れることが楽しかった。やはり久保さんにとっては道楽としてのハンティングのガイドより、北海道の山で自分が食っていくためのライフワークのほうが合っていた。
ハンターとしての階段をすべて登り切って完全燃焼したところで物語は幕を閉じる。彼はそのまま標津町の離農した農家の牧場を引き継ぎ、家庭を持って現在もハンターとしての活動を続けている。
感想・書評
まず本書はエッセイ調なので平易な文章で分かりやすい内容です。久保さんの性格から淡々とした調子ですが、ときに感情の高ぶりをみせる熱のこもった文章になっていてメリハリがあります。時系列に沿って書かれているのも読みやすい要因です。
幼少の頃に猟の魅力にとりつかれて、大学卒業してからプロとして単独猟を極め、最高の猟犬を育てあげ、渡米して本場のハンターの世界で活躍し、帰国してからホームグラウンドの標津に根を下ろしす。数々の苦労はありましたが、結果だけ見てみると常に向上心を持って順風満帆に駆け上がっていったイメージでした。
猟において最も印象的なのが、獲物をとってから血だらけの手でタバコを吸う姿。緊迫した野生動物との駆け引きが終わって、いっきに肩の力が抜けて読み切れるところで絵になりますね。
食事シーンを描写するのも上手で、獲ったばかりの羆やシカの心臓を焚火にあぶって、焼けたところからナイフで削いで食べるのはハンターの特権です。シカ肉の刺身、川で獲った魚を混ぜ込んで飯盒で炊いたご飯など、どれも美味しそう。味の表現が優れた料理エッセイとはまた違った、自然の中で命のやりとりをした状況から生み出された食の見せ方がそうさせてるのかもしれません。
他に魅力的なのが色々な動植物の名前が出てくるところ。
ヤマブドウ、ヤマゲラ、オジロワシ、カケス、ヤチハギ、アイヌネギ、オショロコマ、オオジンギ、エゾモモンガ、ニリンソウ、エンゴサク、アメリカではエルク、バイソン、ピューマ、ブラックベアーなど。自然描写が素晴らしいとのレビューも多いですが、これは筆力だけでなく、久保さんの観察眼も大いに役立っているでしょう。
そして彼の猟はフチと一緒に山に入るようになってから、とくに面白くなってきます。犬に猟を仕込む難しさに見合ったリターンがあり、とった獲物を一緒に食べて喜びを共有しているのも良いですね。
猟犬を育てる難しさはよくわかっていた。犬はそれを使う者の技量以上には決して育たないのである。
三章 140p “襲撃された牛舎”
序盤は自分の猟の甘さ、焦り、後悔など、技術的にも精神的にも青さが見えました。1発でなかなか仕留めきれずに、鹿が必死に逃げ回るのを追い続けていました。それが今では獲物は1発で仕留める伝説のハンターといわれるほどに。
本書では狩猟やサバイバルの知識も豊富に書かれてるので、狩猟やキャンプに興味がある人にとっても必読のエッセイになるでしょう。教本ではないのでノウハウを得るより、自然や食に対する責任、哲学など思想的な意味で非常に意義のある一冊です。