ヴェニスの商人
2023-08-05

【ヴェニスの商人】友人に1億貸して死にかけた男の人肉裁判大逆転劇

著者出版
ウィリアム・シェイクスピア
福田恆存(訳)
新潮文庫:1967/10/30
原作は1596年とされる

あらすじ

舞台は水の都イタリアのヴェニス(ヴェネツィア)と、ベルモント(架空の都市)における貿易商と金貸業の2人を巡る物語。

話の筋は主に4つで、

  • 人肉裁判(この場面だけの独立上演もある)
  • 金・銀・鉛の箱選び
  • ジェシカの駆け落ち
  • 指輪の紛失

これらには原作よりもさらに古く素材となった物語もあり、156ページの中に複合的に織り交ぜながら1つの舞台を完成させている喜劇。

親友の借金

バサーニオーはベルモントの貴婦人ポーシャに求婚するため、アラゴン王やモロッコ王に対抗できるだけの財産が必要だった。

貿易商であるアントーニオーは親友であるバサーニオーから、その求婚のためのお金を貸してほしいと頼まれるが、彼の財産のほとんどは航海中の船にあって貸せるだけの金はない。親友の頼みとあらば、強欲で高利貸しといわれるユダヤ人、シャイロックに頼るほかなかった。

シャイロックがアントーニオーに提示した条件は、3000ダカット1を期間3か月で返せなかった場合、体の肉を1ポンド2切り取るというもの。実質命と引き換えの契約だったが、アントーニオーは2か月のうちには船が戻り借りた金の9倍はあると見立てていた。

求婚者の箱選び

一方でバサーニオーはアントーニオーが工面してくれた大金で求婚前にみんなでパーティーを決行。その後、グラシャーノーと共にポーシャのいるベルモントへと向かう。

シャイロックの娘ジェシカは、恋人のロレンゾーと駆け落ちするべく、バサーニオーのパーティーに乗じて、家の財産を持ち出していた。シャイロックは娘を必死に探し回り躍起になっており、その上アントーニオーの商船が難破した噂を聞きつける。多くの財産を失ってしまう危機だが、シャイロックにとっては金が返ってこなくても、商売の邪魔になるアントーニオーの命さえなくなれば儲けもの。

ベルモントの貴婦人ポーシャは亡き父の遺志に沿って夫を選らんでいる。それは求婚者に金、銀、鉛の3つの箱から1つ正解を選んでもらうもので、ポーシャの意思によって好きな人を選ぶことも嫌いな人を断ることもできなかった。

逆に求婚者には箱選びに挑戦したら将来どんな女にも求婚しないこと、選んだ箱は他言無用で間違ったら黙ってただちに引き上げることが条件。

金は「衆人の欲し求めるものを得る」
銀は「己にふさわしきものを手に入れる」
鉛は「己の持ち物すべてを手放し投げうつべし」

この文言を頼りに多くの貴人や王様が箱選びに挑戦し、長広舌を語りながら見事に散っていく。

最後に現れたバサーニオーはポーシャの贔屓を受けながら箱選びに成功し晴れて2人は結婚。さらにその舞台裏でちゃっかりグラシャーノーとポーシャの小間使ネリサが結婚する。そんな喜びの束の間、アントーニオーからバサーニオーに宛てた手紙が届く。

やべー借金返せないかも

”持ち船はことごとく難破、債権者への配当もできず、シャイロックとの証文の期限も切れた。かたを払うとなると絶対死ぬ、今際の際に一目会いたいが、バサーニオーは春を楽しめよ”という内容。

バサーニオーたちは法廷へ向かい、シャイロックに証文以上の何倍にしたって金を返すと主張したが、それを断り頑なにアントーニオーの肉を求めた。もはやシャイロックにとっては金の問題ではなく、ユダヤ人としてのプライドと、金貸業を円滑に運営するため証文通りの支払いしか望んでいない。

人肉裁判の判決

ヴェニスの大商人ともいわれたアントーニオーは友人のためにここで死ぬことを覚悟していたが裁判は意外な方向へ――。ポーシャとネリサが裁判官に扮して法廷に入り、シャイロックの意見に法的な筋が通っていることを認めつつも、契約の穴を突いた主張(ほぼ屁理屈)によりシャイロックの立場は逆転。

ポーシャが裁判官として機転をきかせて言い放ったセリフとは――。

感想・書評

シェイクスピアのようなビッグネームで古典的な作品となると、なんとなく敬遠してしまいそうになりますが、この戯曲はとても読みやすいです。そもそも戯曲は人物のセリフだけで構成され、一部傍白(人物の心情)で語られるので、シンプルで読みやすくなります。

しかしとても古い作品なので、時代背景や設定を知っておいたほうがより理解も深まるでしょう。まずこの当時におけるユダヤ人の立場を明確にします。

作中舞台はイタリアですがシェイクスピアはイギリスの作家です。イギリスではユダヤ人は排斥対象とされており、実はシェイクスピア自身もユダヤ人を知らずにイメージだけでここまでのユダヤ排斥を作品に落とし込んだのではと言われています。

キリスト教では利子をとることがよくないこととされており、そのために金貸業で栄えたユダヤ人はイギリス人の反感を買い、迫害された後に国から追放されイギリスからユダヤ人が姿を消す数百年の空白期間がありました。ただしユダヤ人は進んで金貸業を選んでいたのではなく、仕事がそれしかなかったという状況からの結果です。

つまり作中のキリスト教徒であるアントーニオーにとってシャイロックは忌避すべき対象で、シャイロックにとってはキリスト教徒であり商売の邪魔をしてくるアントーニオーは目の敵だったわけです。アントーニオーはシャイロックが誰かに金を貸すときに、自ら無利子で貸して教義に基づいてシャイロックの邪魔をしてました。このようなヴェニス全体の利息を下げるような行為がシャイロックにとっては許せず、これならば証文の額面を返済されるよりもアントーニオーがいなくなるほうが得だと考えていました。

ユダヤ人のシャイロックを最終的に追い詰めていくことから、作品全体を通して非常に反ユダヤ的であるとして裁判になったこともあるようです。また舞台上演では喜劇ではなく、シャイロックの立場を引き合いに悲劇として上演されることもしばしば。

ただしこの作品がユダヤ人を不当に扱いたかった意図はないと思われて、シャイロックがユダヤ人の怒りや憎しみを代弁してまくしたてる重要な場面も見られます。

作中ではバサーニオーをはじめとした、アントーニオーの友達が多く登場します。彼の人望や友への寛容さには驚きます。まずこれまで何度も借金をしているバサーニオーに対して簡単に1億を又貸しできてしまう器量。しかも求婚前にその金でパーッとパーティなんかしています。

ぼくの友情を遠巻きに攻めたてるような暇つぶしはやめにしてくれ。きみにたいするぼくの好意を秤にかけるなどとは、ぼくの全財産を使いはたすより、もっと悪い。

114p “第一幕第一場” アントーニオー

バサーニオーがお金を借りるときに言い出しにくそうにしていて、そこでアントーニオーが言い放った印象的な一言でした。

ベルモントでは2人の共通の友人であるグラシャーノーが、ちゃっかりポーシャの小間使ネリサと結婚していたこと。後の裁判ではグラシャーノーはとても調子づいていて、脇役の中でもひと際愛嬌のあるタイプでした。

同様にシャイロックの召使いであり道化役のランスロットも、作中の良いスパイスになっている立ち回りです。

人肉裁判が有名で最大の見どころだけに一見その場面いるのかなと思われる部分もあったのですが、よくよく考えてみるとすべての登場人物にきちんと意味があるんですね。

ヴェニスの商人は本でなくとも舞台や、解説動画など、あらゆるコンテンツで内容を紹介されています。ネタバレがされていても本を楽しめるようなタイプの話だと思うので、ある程度内容をおさらいしてから読み始めるのもおすすめです。

  1. 現在の価値にして約1億円 ↩︎
  2. 1ポンドは450gで人体の質量比1%にあたる片手首くらいに相当 ↩︎

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