2023-08-05

【ハツカネズミと人間】アメリカの農場を渡り歩く非正規労働者の儚い夢と現実

著者出版
ジョン・スタインベック
大浦暁生(訳)
新潮文庫:1994/07/30
原作1937年

John Steinbeck
「怒りの葡萄」でピューリッツァー賞を受賞、1962年にノーベル賞を受賞。

あらすじ

アメリカのカリフォルニアを舞台に、ジョージとレニー、二人の渡り労働者と農場での人間模様を追った物語。

小柄だが頭がきれて口がよく回るジョージと、体はでかいが幼児レベルの知能しかないレニー、対極にある2人がペアを組んで農場を転々と渡りあるく。2人に友情があるのは確かだが、どこか互いに依存してる部分があったり、不安定な関係であることは常に感じられて落ち着かない。

農場のリーダー格である気立ての良いスリム、横暴な親方の息子カーリーと奔放な妻、余生が迫るキャンディ老人など。農場内での人間模様が鮮やかなヒューマン小説。

将来自分たちの農場を持つ夢を抱くジョージとレニーは、この農場である現実を目の当たりにする。

2人の渡り労働者

ジョージとレニーは前に働いてた農場から追いやられるようにして、次の農場を目指して近くの河畔まできた。夕暮れだったのでその日は農場より少し手前で野宿。

夕食の準備中にレニーはポケットにハツカネズミの死骸をしのばせて手でもてあそんでいた。レニーにとってはただ動物や素敵なものをかわいがりたいだけで、前の農場でも女の綺麗なドレスに触りたいだけだったが、女が身を引いても手を離さないからパニックになって、そのまま逃げるはめになた。

新たな農場ではレニーのその大馬鹿がばれないように「親方には何をきかれても一言もしゃべるな」と釘をさしておく。とにかく力と体力だけはあるのだから、黙って仕事ぶりだけを見てもらうという寸法だ。

2人は将来自分たちの農場を持つ夢をいつものごとく語り合って、また翌日の労働に備えた。

農場で語る夢

一晩明かして翌日の昼前に農場へ到着。老掃除夫キャンディに宿舎の案内を受ける。

二人は親方に労働カードを渡して今日から働く手続きを済ませるが、親方はジョージがレニーに喋らせないことを不審に思う。ジョージはレニーがラバの扱いも耕作機の操作もできるし、400ポンドの俵もかつげる、利口じゃないから喋らないが働きっぷりは確かですよと、ジョージの機転と口上でなんとか切り抜けた。
※400ポンドは約181㎏

その日の夜の飯場。キャンディ老人の犬が臭すぎると、ほかの労働者が追い出そうとする。老犬はどうせ先が長くないし、生きているだけでも辛そうなのだからいっそ楽にしてやるべきだと、拳銃で安楽死させるために犬を連れだした。キャンディは納得できなかったがそれを受け入れるしかない。

飯場には犬を失って傷心のキャンディと、ジョージとレニーの3人しかいなくなった。そのときレニーとジョージが将来自分たちの農場を持つ夢の話をしていたところ、キャンディが仲間に入れてほしいと嘆願する。そのかわりに土地を買う資金に貯金の350ドル出すと提案。ジョージとレニーは2人月末の給料合わせて100ドル入るから、小さな土地を買う夢の話も現実的になってきた。

馬鹿な大男と馬鹿な妻

黒人の馬屋係クルックスの部屋に迷い込んできたレニー。2人は彼の部屋でしばらく他愛のない話をしてた。

クルックスは黒人差別を受けていて農場では孤独だったし、自尊心が強い性格なので寡黙で他人とは距離をおく性格だ。しかしレニーはどうせ馬鹿で何を話したところで忘れるからと、身の上話をしていたところ、このクルックスの部屋にカーリーを探しに彼の妻が訪ねてきた。

このカーリーの妻の訪問が発端となり、レニーとの間に大きな事件まで発展する。

ジョージの決断

大きな問題を起こしたレニーは、ジョージとあらかじめ話していた「困ったことがあったら逃げ込む場所」を目指して姿を消す。

町から帰ってきたジョージとほかの労働者たちが、ある事件を目の当たりに。この大事件を受け入れたジョージが、レニーに対してとった行動とは――。

感想・書評

農場内でのそれぞれの人間性を引き出しながら、それだけで世界観を作り出している本書。さらに場所と時間が限られていて、木曜日の夕方~日曜日の夕方までの4日間で、場所は2人が訪れた農場とサリーナスという河畔のみに絞っています。しかもずっと農場にいるのに、仕事をしている描写は一切ない。仕事が終わった後の、労働者たちが飯場でわいわいやってる中の雰囲気だけで、作品全体の輪郭を作ってます。

一貫して外面描写に徹しているので、人物のこう思ったとかこう感じたといった主観的な内面描写もありません。そのため淡々とした筆致にはなりますが、ジョージとレニーの友情や夢への渇望とか、農場で働く人々の人間模様が生彩に描かれています。

基本的には常にジョージとレニー、その周囲の人間の様子や会話だけを追ったヒューマニズムに徹した作品です。

ジョージにとっては馬鹿なレニーがいなければ気楽に働いて、稼いだ金をぱっと使って、また働きにでるっていう調子のよい暮らしができるのに、それでもレニーと一緒に歩み続けるのはなぜなのかが要になっています。

実はとくに重要なシーン、キャンディの老犬の臭いに迷惑していた労働者が犬を射殺するシーン。周りの労働者もキャンディに気を遣う素振りを見せますが、どうしようもない状況でした。銃を持って犬を連れだしてから、だいぶ間が経ってから銃声が響くのですが、明記されていないがたぶん犬は安楽死ではなく殴られたりしながら最期のとどめに撃たれています。

キャンディ老人は後に「あのイヌは自分で撃てばよかった、よそのやつに撃たせるんじゃなかった」とぼやくのが印象的。

あまり言及すると最後のネタバレになってしまうけど、この撃たれた老犬はレニーの暗喩で、レニーが引き起こす後の事件の顛末に非常に重要な意味を持たせてくれていると思われました。

また、本好きとして個人的にちょっと印象に残ったセリフ。

本なんて、つまらねえよ。人間には仲間が必要だ――そばにいる仲間が。

114p 黒人の馬屋係クルックス

差別を受けていた黒人クルックスだからこそのセリフで、ここでいう「仲間」というのもあらゆる意味を物語に落とし込んでくる気配があります。人間が社会的生き物で、一人では生きていけないこと、そしてときにはその社会によって葬られてしまうこともあること。

最期まで読んでわかるこの話の切なさとかやるせなさ、ジョージとレニーの不安定だけど確かな友情というのが、読者の胸をしめつけてきます。

ハツカネズミ

本作の題名「ハツカネズミと人間」はスコットランドの詩人ロバート・バーンズの詩「ハツカネズミに」からとられていて、この小説そのものを表しています。

ハツカネズミと人間の このうえもなき企ても

やがてのちには 狂いゆき

あとに残るはただ単に 悲しみそして苦しみで

約束のよろこび 消えはてぬ

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