【100万分の1回のねこ】13名の豪華作家陣によるトリビュート短編集
著者 | 出版 |
---|---|
13名の作家によるアンソロジー | 講談社:2015/07/15 |
絵本『百万回生きたねこ』をモチーフにしたトリビュート短編集。
江國香織、岩瀬成子、くどうなおこ、井上荒野、角田光代、町田康、今江祥智、唯野未歩子、山田詠美、綿矢りさ、川上弘美、広瀬弦、谷川俊太郎
タイトル | 作者 | 内容 |
---|---|---|
生きる気まんまんだった女の子の話 | 江國香織 | 両親を亡くした女の子とその遊び相手の猫の話。この女の子自身がまるで100万回生きたねこのようなふるまいをする。 |
竹 | 岩瀬成子 | 竹とうい名の家猫がしばらく帰ってこなくなり必死に探すも数日後にひょこっと帰ってくる話。実に猫らしい、何を考えているのか分からず、人の心配も気にせずひょこっと帰ってくる。 |
インタビューあんたねこ | くどうなおこ | 本書で唯一の詩。 |
ある古本屋の妻の話 | 井上荒野 | 古書店を経営する夫と、その夫に愛想を尽かして家を出ていく寸前だった妻。倦怠期の二人をすんでのところで猫が引き留める形になった話。 |
おかあさんのところにやってきた猫 | 角田光代 | 人間に飼われている小さな子猫視点の話。外の世界を知り野良猫として生きていく。 |
百万円もらった男 | 町田康 | 貧乏だが才能のあるギタリストが、貧窮して才能を100万円で売り払ってしまう話。唯一猫が全く出てこないが、100万という数字をオマージュしている。 |
三月十三日の夜 | 今江祥智 | 1945年ある日の未明、大阪の街に二百機を超えるB29が飛来した様子を猫の視点で語る。 |
あにいもうと | 唯野未歩子 | 何度も兄妹として生まれ変わる2匹のトラ猫。どの飼い主のもとに生まれ変わっても、絶対に兄さんが優秀な猫で、妹の自分はいつも居場所のない猫。そんな妹が今回はひょんなことから人間の女の子に生まれ落ちる話。 |
100万回殺したいハニー、スウィートダーリン | 山田詠美 | 昔ある人からこの絵本をプレゼントされて裏表紙の内側に愛の言葉が綴られていて、彼を見下すほどにいい気になったけど、後に某女優にも贈っていたことが発覚。そんな実体験をもとにされたホストの男と女の話。 |
黒ねこ | 綿矢りさ | 不仲な夫婦の飼い主のもとの黒猫プルートが、猫のかわいさを武器に2人の仲をいつも取り持っていたが、あるときこの家で事件が起こってしまう。 |
幕間 | 川上弘美 | とある船の上で目をさました猫。そばには一人の少年とその父がいて、猫はこれから少年の人生にずっと寄り添って生きていく。ドラクエ5をオマージュしており、主人公の人生をそのまま辿っている。「父親を戦闘で失い、奴隷として捕らえられ、逃亡し、ふたたび闘いながら放浪を続け、人間やモンスターの仲間を得、妻をめとり、子どもが二人生まれた。」 |
博士とねこ | 広瀬弦 | 博士は怪我や病気を繰り返すねこのために、新しい足、腎臓、目を作ってやった。その技術を多くの人たちが求め、感謝とお金を置いていったから、博士は猫に感謝していた。でも当の猫は科学者なんて大嫌いだった。 |
虎白カップル譚 | 谷川俊太郎 | 私の曾祖母の代から生きているトラ猫が、私が年老いて死ぬまで共に生きていた面妖な話。 |
あらすじ
本書から「100万円もらった男」のあらすじを紹介する。話が分かりやすく、面白みがあって、教訓もあるので、誰にとってもおすすめの短編だ。
貧窮したギタリスト
あるギター弾きの男が、金がなく腹を空かせていた。
ギターの腕は評判だったが、劇場のマネージャーに嫌われていたので、仕事をもらえずずっと貧乏生活をしている。なんとか食いつないでいたが、とうとう一文無しに。家賃は滞納してるし、ギターもとうに売ってしまった。
突然ケータイが鳴ったものだから借金の返済連絡かと思ったが、知らない男から仕事の連絡だった。
100万円で才能を売る
大八っつぁんと名乗ったその男の要件は、ギターの才能を買いたいとのことだった。
ギターの腕には覚えがあったので、ついに自分の才能が買われるとき、つまり認められる時が来たと喜んで100万円で売ってしまう。当然男は才能を買われたのは慣用句的な意味合いだと思っていた。
男の手元には現ナマで100万があって、喫茶店で大八っつぁんの分も支払いを済ませて99万9千円がある。
さっそく空腹を満たすために普段行けない高級焼肉店へ行き、借金していた音楽仲間に金を返し、たまっていた家賃を払い、以前売ったギターを買い戻した。
そこで男は異変に気が付く。買い戻したギターがどうも以前のようにうまく弾けず感覚が鈍っているようだ。
その後も音楽チケットを買い、風俗に行き、珍妙な帽子を買ったり、やたらと飯を食い続けて、気が付いたら口座の残高は半分ほどの50万円に。
失った代償
男には3日間のライブ公演の仕事があったが、初日にあのギターを弾いた時の違和感がそのまま表れてうまく演奏ができなかった。
仲間も調子が悪かったんだと励ましてくれていたが、2日目3日目も公演は最悪の結果に。どうやら腕が鈍ったのは気のせいではなさそうだ。
なぜかギターが弾けなくなり、彼はぼったくりバーで酒を煽るようになった。1月半経ったころには残高は25万円に。仕事は前以上にうまくいかなくなったから、お金はみるみる減っていくばかり。
こりずにバーにいくと、とある中年の男が話しかけてきた。それは1月半前に喫茶店で才能を売り渡したときに、他の席に座って様子をうかがっていた男だった。
中年の男はスマホであるミュージシャンの画像を見せる。それは最近かなり流行っている楽曲で、街中どこでも耳にする音楽なのだが、そのアーティストこそあの喫茶店で才能を売り渡した大八っつぁんだった。
男はたしかに才能を買われたのだが、それはまさにその言葉の通り、パトロンやスポンサーになってくれるというわけではなく、才能そのものが買われてしったのだ。
たった100万円で大切な才能を売ってしまうなんて惜しいことをした。
それでも生きる
そうあのときの大八っつぁんはただの営業成績の上がらない不動産営業マンだった。たったの100万円で男から才能を買って、今では売れっ子の音楽家。豪邸に住んで大名暮らし。
彼は本来自分のものであったはずの才能を、収穫する前に畑ごと売り払ってしまったようなものだ。買い戻そうったって、これからも収穫のあがる畑を誰も手放すわけがない。
才能の畑をなくした彼にはもはや不毛の荒野しか残っていない。それでも種を蒔き、水をやって、一所懸命に生きていくしかない。
感想・書評
この短編集の趣旨は、絵本『100万回生きたねこ』と佐野洋子さんに愛をこめて。この素晴らしい絵本を礼讃するトリビュート短編集となっています。
絵本の内容を知らなくても十分楽しめますが、江國香織さんや山田詠美さんの短編は知っていた方がより楽しめるかと思います。
私はいまさら絵本を買うのもなと思って、kindleで電子書籍版を購入しました。もしお子さんがいる家庭なら紙の絵本を強く勧めます。
今回、当記事で紹介した町田康さんの「百万円もらった男」は、教訓たっぷりの内容で、最後の結論まで心に刺さる名言たっぷりでした。何かの才能があろうがなかろうが、これからの人生を強く生きていく勇気をもらえる話です。
もう一つ、個人的に面白かった話が川上弘美さんの「幕間」でした。これ、わかる人にはわかるのですが、ドラクエⅤをオマージュした話になっているんですね。
私もドラクエは大好きで、もちろんドラクエ5もプレイしていました。シリーズ屈指のストーリーが評価されているゲームなので、印象に残っている人も多いでしょう。
そんなドラクエⅤの世界にバグで迷い込んだ猫の話。猫から見た人間の愚かな生き様を描いています。
百万回生きたねこ
1977年に刊行されてからずっと読み継がれているロングセラーの絵本。
王様、泥棒、孤独なおばあさん、どの飼い主も好きになれなかったトラ猫が100万回死んで100万回生きるお話です。
そんなトラ猫がある日、誰の猫でもない野良猫として生まれ変わり、一匹の白く美しい猫に出会います。何回も生きることを繰り返して、最後にはもう生まれ変わらなくてもいいと思えるような最愛の相手に出会って死ぬこと。
『100万分の1回のねこ』は、この内容を下地にしてるような話もあれば、全然関係ないけど絵本の趣旨やタイトルを絡ませているような話もありました。人から見た猫、猫から見た人、タイトル通り100万回生きた猫のその中の1つの人生を取り上げているのでしょう。
登場する猫はだいたいどの話においても、奔放で、自分勝手なところがあったり、気分屋なところがあったり。猫の猫らしさがそれぞれの作家によって表現されています。