むらさきのスカートの女
2024-03-27

【むらさきのスカートの女】不穏な女を巡るストーカー小説

著者出版
今村夏子朝日文庫:2022/06/30

2019年芥川賞受賞。
巻末に作者エッセイ9本収録。

あらすじ

語り手である私、通称「黄色いカーディガンの女」が、執拗に「むらさきのスカートの女」を観察して、徹底して一人称視点で進行する物語。まるでストーカーになった気分を味わえる本です。

むらさきのスカートの女の容姿の子細から、職歴、住んでる場所、日々の習慣まですべて把握している私。

その目的はただ彼女と友達になりたいだけでした。私はむらさきのスカートの女が、自分と同じ職場で働くようにどうにか誘導していきます。

むらさきのスカートの女の生態

近所にいつもむらさき色のスカートを穿いている女、通称むらさきのスカートの女がいる。

公園にはむらさきのスカートの女専用のベンチがあって、彼女はパン屋で買ってきたクリームパンをいつもこの特等席で食べている。公園で遊ぶ子供たちからも名物扱いされていた。じゃんけんで負けた子が話しかけにいったり、肩にタッチしに行く遊びが繰り返されていた。

家は公園や商店街から近いボロアパートだ。女は時期によって日雇いか、期間工か、コロコロ職を変えながら食いつないでいた。

彼女の行動を逐一記録している。そんな私はさしずめ黄色いカーディガンの女だ。

むらさきのスカートの女は商店街のアーケードを歩くとき、どんなに人通りが多くても絶対他人にぶつからない。試しに彼女をめがけて急に突っ込んでみたけど、かわされて勢い余って肉屋のショーケースに激突して修理代金を請求された。

半年経って払い終わったが、その間の家賃は支払いが滞っている。小金を稼ぐために小学校のバザーに売れそうなものを売ったりもしたが微々たる収入だ。

そんな私の目的はただ、むらさきのスカートの女と友達になりたい。

職場誘導

友達になるにはまず接点が必要なので、彼女と同じ職場で働くのが最も効果的だろうと思いたつ。

彼女がいつも座るベンチに求人情報誌を置いて、私の職場の求人に目印をつけてあげた。それなのに彼女は石鹸工場、肉まん工場、夜勤の棚卸、電話オペレーター、カフェ店員など、私の職場である目的のM&Hホテルに来ない。

3か月経ってようやくお目当ての職場で面接の運びに。常に人手不足で来るもの拒まずだから絶対受かるだろう。

初日にみんなの前で自己紹介するが、声が小さすぎていびられる。どうやらむらさきのスカートの女の本名は「日野まゆ子」というらしい。

後に所長と発声練習をしてからしっかりと挨拶ができるようになり、周りのスタッフにも見直された。仕事を教える塚田チーフは、むらさきのスカートの女の素直な性格、きちんと挨拶できるところに好感をもった。かわいがってもらい、適度なさぼり方なども教わり、要領よく仕事に順応していく。彼女は通常1~2か月かかるトレーニングをたった5日で終了し、早々にホテル高階層のVIPなフロアを任された。

ある日、彼女は通勤時に痴漢にあって、それ以来所長の車で迎え位に来てもらい出勤するように。職場になじんだことや、人間関係が増えたこともあって雰囲気まで変わってきた。化粧っ気がつき、自信がつき、ひとことで言えば美人になった。

噂の不倫・彼女の横領

職場ではむらさきのスカートの女と所長が不倫関係にあることが噂されていた。それは事実で、私はある日のデートを1日尾行していた。カフェ、映画、本屋、居酒屋とすべて尾行し、居酒屋でも少し離れたカウンターで食事。そして、所長は女の家に泊まった。

一方で最近ホテルの備品の消耗が激しく、従業員が横領しているのではないかと支配人からお達しがあった。

所長との不貞や、スピード昇進したこともあって、むらさきのスカートの女は職場で次第に孤立していく。さらに他の人よりも時給が高いなど噂に尾ひれがついて、立場がどんどん悪くなった。

所長も危機感を覚えて、彼女に家に訪れ備品を盗んでいることなど白状しなさいと迫る。これをきっかけに話がこじれて、女は所長をたたいて、その反動でボロアパートの錆びた手すりから崩れ落ちて気絶してしまった。

私の正体

一連の様子をずっとのぞいていた私は、すかさず駆けつけて「死んでいる」と嘘をついて彼女に逃げるよう促す。

乗車するバスの時間、電車で逃げる駅、コインロッカーで取り出す荷物、すべての段取りを指示して、むらさきのスカートの女を窮地から救ってやった。

しかし彼女がその後、姿を現わすこともなかった。

感想・書評

初めて読む作家でしたが、期待以上の面白さ、純文学よりもエンタメ寄りな感じで楽しめました。

客観的な描写や語りがなく、主人公の一人称視点で話し言葉のように進むので、文章が読みやすいかと思います。そして終始漂う不穏な空気が特徴的ですね。

どこまで観察してるのか、なんでさっさと話しかけないのか、主人公は本当は何が目的なのか?こんな風に気持ちを駆り立てながら読み進めることになるでしょう。

序盤はむらさきのスカートの女が街でちょっと異質な存在であるかのように思われました。見た目は清潔な感じではないし、一定の習慣に沿って生活しているものの普通の人ではないような雰囲気。

しかし物語が進むにつれて、本当にやばい人間はこの語り手だと気が付き始めます。むしろ、むらさきのスカートの女は、常識的で人間味ある普通の女性だと感じてきました。

語り手がさも普通の行動かのように淡々と話す行動には、冷静になって考えてみるとかなり狂気的なものが多くあります。

  • 肉屋のショーケースにタックルして壊した
  • デートを尾行した居酒屋で無銭飲食
  • 所長が忘れた高級サングラスをパクる

終盤でようやく語り手(黄色いカーディガンの女)の正体が明かされます。

信頼できない語り手

この主人公、実は超嘘つきの可能性が高く、彼女の言動には多くの嘘が混じっていると断定していいでしょう。

このような手法を「信頼できない語り手」と呼び、ミステリー作品で読者のミスリードを誘うためによく使われます。それを純文学に持ち込んだのが、この作品に独特の雰囲気を醸し出している所以かもしれませんね。

私が考察するに、彼女が嘘つきである決定的な証拠がありました。

主人公は下戸だから一切お酒を飲めないと周知させていましたが、彼女はむらさきのスカートの女のデートを尾行した際に、 店でビールを3杯も飲んで食い逃げしました。

このように決定的な証拠を残しつつも、主人公である語り手が信頼できない言動は多く描写されていました。

昨夜のむらさきのスカートの女が何色の何を穿いていたのか、わたしはどうしても思い出すことができなかった

150p

この言動からも、もっと言えば『むらさきのスカートの女』自体が形骸化してないかとすら思われます。客観的なむらさきのスカートの描写がないこと、ただそう呼んでいるだけでむらさきのスカートを着用してるのを観測している場面もありません。

話は分かりやすいですし、ストーリーも不穏な展開を秘めながらも退屈なく進んでいきます。スラスラと読みやすい小説であり、ちょっと踏み込んでみると考察できる楽しみもありました。

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