2024-09-09

【太陽の子】沖縄を知るほど悲しみに結びつく温かい物語

著者出版
灰谷健次郎角川文庫:1998/06/23

新潮文庫版は1997年神戸の事件報道を機に全作品の版権を引き上げて絶版。

人間いうたら自分ひとりのことしか考えてへんときは不幸なもんや

太陽の子

あらすじ

父の病

ふうちゃんが六年生になった頃、お父さんが心の病気にかかった。初秋のある日に、ふうちゃんとおかあさんとおとうさんの3人は、神戸の山のとある神経科病院へ付き添う。父はほとんど会話をせず、発作が起きると不穏な様子になった。

神戸で沖縄料理店「てだのふぁ」の一人娘として、たくさんの心優しい常連客たちに愛されるふうちゃん。普段はおかあさんや、お店に訪れる多くの常連と明るく過ごしている。

ふうちゃんの学校の担任は、彼女を心配して沖縄の草花遊びの本を贈った。

沖縄と悲しみ

沖縄について知らなければと思い、戦争当時の写真が載った本を見せてもらう。その惨状にふうちゃんは戦慄し、吐き出してしまうほどのショックを受けた。

とあるお店では、沖縄出身の少年が差別を受け蔑まれていたことを知り、おきなわ亭の優しさに囲まれたふうちゃんにとってさらなるショックだった。

しかし周囲の人から沖縄に関する部分に触れると、どうしても相手の辛い部分に触れてしまうことに気づく。沖縄を知って相手を知りたいのに、そのせいで相手を苦しめてしまうことにふうちゃんは悩んだ。なぜこんなにも沖縄と悲しみが結びついているのか。

父の戦争

ある日、おとうさんが一人で外出して不審だという話を聞き、その場所に訪れた。そこは明石市の海岸で、父が少年時代に経験した戦火の沖縄本島南部の海岸に似ているところだ。

お父さんの病気は、どうやら沖縄と戦争に原因があるらしい。なぜ、お父さんの心の中だけ戦争は続くのだろう。

白い曼殊沙華の丘

ふうちゃんはおとうさんの過去をおかあさんから聞き、沖縄差別を受けていた少年の母の過去を手紙で知った。

ふうちゃんの小学校卒業にあわせて、一家でおとうさんの故郷である波照間島に行く計画を立てる。物語は冒頭の曼珠沙華が広がる丘の上で幕を閉じた。

補足情報

時代背景は沖縄戦争から30年後の1975年頃とみられます。

冒頭の丘の上では初秋、最終盤の丘の上ではその翌年の春を示しており、舞台モデルは川崎造船所の正門に至るまでの界隈だが、おきなわ亭「てだのふぁ」のモデルはなさそう。

猫(まやー)ユンタ

歌の中に猫の鳴き声のおはやしが入る、沖縄民謡のひとつ。ふうちゃんのおとうさんの故郷、八重山の歌です。

意味は先島諸島にだけ課せられた人頭税に対するうらみつらみを猫に例えている。

安里屋(あさどや)ユンタ

ふうちゃんの退院後におとうさんと港に散歩に行った時、少し調子の良いおとうさんの様子が嬉しくて歌った八重山歌謡のひとつ。安里屋は八重山地方にある竹富島の地名で、祭祀歌や労働歌として歌われています。

竹富島に実在した絶世の美女・安里屋クヤマと、王府より八重山に派遣され、クヤマに一目惚れした目差主(みざししゅ、下級役人)のやり取り。八重山では、1637年から琉球王国が苛酷な人頭税の取り立てを行っており、庶民が役人に逆らうことは尋常では考えられませんでした。そんな中で求婚を撥ね付けるクヤマの気丈さは八重山の庶民の間で反骨精神の象徴として語り継がれています。

MONGOL800 ver

白い曼殊沙華(彼岸花)

正式にはシロバナマンジュシャゲと呼び、一般的な赤い彼岸花の一種。原種の赤い彼岸花と黄色の鍾馗水仙(ショウキズイセン)を交配したものが、白い彼岸花となります。赤とは対象的に繁殖力が弱いので非常に珍しい。

赤い彼岸花は死を連想するイメージがついてますが、白い彼岸花は本作では幸運の象徴としてふうちゃんに喜ばれました。物語の最終盤におかあさんが「おとうさんの中に死んだ人がたくさん生きている、だからおとうさんは地球に住んでいる人の中で一番やさしい」と言う場面。神戸の丘の上の赤い彼岸花の群生の中に、たった一輪咲いた白い彼岸花は、暗におとうさんのことを示しているように思われます。

感想・書評

この本を読んでいてとても感動はしたのは2つの場面。

一つは、ときちゃんが梶山先生に宛てた手紙の内容です。小学生とは思えないほどの真剣さで、正直で、力強い筆致の手紙。中身は子供らしく真っ直ぐな想いが書かれていますが、その気持が綺麗に整理されており、きちんと自分の考えを結論として出しています。それが結果的に教師の梶山先生を突き動かし、ふうちゃんをひどく感心させる文章となっていました。

二つ目はキヨシ少年の手術が済み、連日病室で警察の事情聴取がされているとき。その日はろくさんとふうちゃんが同室しており、キヨシ少年を問い詰めようとする警察にろくさんが割って入ります。「法の前に沖縄もくそもない。みんな平等だ!」と息巻いた警察を前に、冷静に淡々と平等の本質を説くろくさん。その人間味ある諭しかたに、何度読んでも涙が出てきます。不平等な過去の現実を語るろくさんを前に、真剣な眼差しで一言一句もらさずに受け止めようとするふうちゃんの姿勢にも心を打たれます。

この物語はそれぞれの人の悲しみに焦点を当てることで、今生きている現実の認識を広げてくれる力があります。

ふうちゃんは、自分の生がどれほどの多くの人の悲しみの果てにあるのかという現実に気が付きました。おかあさんは「おとうさんが病気になったのは、おとうさんの中に死んだ人がたくさん生きているからだよ」と語り、生者中心的な観点に対峙した主張をしています。

俯瞰して現在の私たちにあてはめてみれば、戦後の繁栄を果たした日本、ひいては本土の人間たちが、このような過酷な運命に虐げられた上に実現してるのだと認識しておかねばならないのです。過ぎ去った歴史は私たちに無関係のように思えるけど、実のところ細く長い同じ線上にあって、その線の先頭にいるのだということを教えてもらったようです。

あたりまえのようになってしまっている沖縄の現実に、改めて目を向けてみると実は知らないことばかりだったり。沖縄に限らず、私たちの周りには知っておくべきだけど、意識にものぼらずなにも知らないことがあふれているのかもしれない。

そして知ろうとしたならば、そこに足を踏み入れるのが憚られるような現実を目の当たりにするのかもしれない。

ふうちゃんが健気で純粋だからこそ、彼女が次第に知っていく沖縄の暗い部分が顕著に浮き彫りになっていきます。そして真剣に沖縄と、人の悲しみと向き合おうとしてるから、周りの大人たちも探り探りふうちゃんを真実に導こうとする。

私の沖縄のイメージも本当に浅いもので、戦争がはらんでいる悲しみも全然想像できません。

ふうちゃんと一緒に真剣に生きて、知るべきことと向き合う勇気をもらうような、そんな気持ちにさせられました。

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