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【羆撃ち】羆を一撃で仕留める北海道の伝説のプロハンター

北海道に住んでいたころに知人にすすめられた本で、5~6年ずっと積読にしたままでしたがようやく読むことができました。

読んだことがある人はみんな「読んでよかった、おもしろかった」と言っており、私も同様にとてもおすすめできる一冊だと思います。

この本は著者の久保さんがプロのハンターを目指してから夢を叶え、現在の標津町に安住するまでの自伝的小説です。

久保俊治

1947年小樽に生まれ、20代よりプロのハンターとして単独猟を生業に。本場アメリカのプロハンター養成学校をトップの成績で卒業。現在は北海道標津町で牧場経営をしながら狩猟をしている。

あらすじ

ハンターとして生きていく覚悟を決めた男のサバイバルにかける哲学と、狩猟の相棒アイヌ犬”フチ”との絆の物語。

哲学というと固いものに思われますが、いわば久保さんの狩猟に対する思いの変遷を辿ったエッセイ調の自伝です。久保さんはすでに日本の狩猟業界では知らぬ人がいないであろう伝説のハンターとなっています。それは彼の獲物に対する誠実さと、ハンターとしての矜持が備わっているからでしょう。

旨い。手負いで苦しんだり興奮して死んだ獲物に比べて、苦痛や恐怖をほとんど感じることなく斃された動物の肉はこれほどに旨いものなのか。

二章 “闇からの気配”

小樽からプロハンターへ

幼少期、父が趣味で日曜ハンターを始めたため、山や渓流でサバイバル生活を経験。父は子供ひとりでできることには決して手を貸さずに見守り、山の中で安全に関わることなどは必ず気にかけて手を差し伸べる人。これが久保さんの自立心を育て、一人前に生きる自信を与えてくれました。

大学進学して20歳になると早速銃の所持許可をとり父から村田銃(ライフル)を譲り受けます。
※当時は現在のように射撃試験がなく、ライフルをもつのに散弾銃の所持歴10年以上という縛りもありません。

大学卒業を控えるころには就職せず猟で生活していくことを決めていました。

標津町で猟犬をパートナーに

牛が羆に襲われる被害が多発していた標津町に向かいますが、後に小樽から標津町に移住して標津の山をホームグラウンドにします。

警察や役場の職員、ハンターなどが大勢集まり、20人ほどのハンターと地元の人で巻狩を決行して牛舎を襲った羆を仕留めます。1週間後に同様の被害が報告され再度巻狩りを行うが、この日に仕留められた羆は未熟なハンターに何度も弾を撃ち込まれて、何の尊厳もなくなぶり殺しにされ哀れに思います。このときに久保さんは自分は人と組んで猟はできない、単独猟だけに生きるのを決意しました。

自分でも納得のいく羆撃ちができるようになったころ、次なる目標として羆猟に対する自分の技と精神をすべて注ぎ込める猟犬を育成します。猟犬はどんなに素質が良くても、それを使うものの技量以上には絶対に育ちません。

各地の繁殖家を訪ねて、野生の血を多く残したアイヌ犬をいくつかの血統から吟味します。また猟では一般的に体が大きく勇敢な牡が好まれるが、久保さんはあえて一回り小さい牝を探しました。気分にむらがなく、粘り強い性格に、俊敏な動きを期待できるからです。

生後2か月千歳系のアイヌ犬の牝を引き取って”フチ”と名付けます。躾の覚えがよく、性格も良い、最高の羆猟犬になる期待がもてます。
※アイヌ語で火の女神を意味する「アペ・フチ・カムイ」から。この本の表紙にもイラストになっています。

ハンターの本場アメリカで挑戦

裕福な暮らしとは言えないが猟で食っていける、自然の中で理想の生活をできている、長年の夢だった立派な羆猟犬も育て上げた。次なる目標がハンターの本場アメリカで自分の腕がどこまで通用するのか試したい。

そうして伝手を辿って紹介されたのがモンタナ州のプロハンター養成学校『アウトフィッターズ・アンド・ガイズ・スクール』です。校長の名前からとって通称『アーヴスクール』と呼んでいます。

宿舎に泊まりながら5週間19科目の専門授業が始まります。馬学、射撃、動物行動学、マップリーディング、応急処置、調理や解体など。なかでも射撃教習は業界で高名な専門家に久保さん自身が調整した日本のライフルを絶賛されてバッファロー・トシと呼ばれていました。

卒業後はカリフォルニアやアイダホ、ユタでハンティングガイドの仕事をこなします。

定住

帰国後にフチとの再会。また北海道での理想の猟をできること、フチと一緒に山に入れることが楽しい。やはり久保さんにとっては道楽としてのハンティングガイドより、北海道の山で自分が食っていくためのライフワークのほうが合っていました。

ハンターとしての階段をすべて登り切って完全燃焼したところで物語は幕を閉じます。彼はそのまま標津町の離農した農家の牧場を引き継ぎ、家庭を持って現在もハンターとしての活動を続けています。

※2024年4月10日、76歳で死去されました。

書評

まず本書はエッセイ調なので平易な文章で分かりやすい内容です。久保さんの性格から淡々とした調子ですが、ときに感情の高ぶりをみせる熱のこもった文章になっていてメリハリがあります。時系列に沿って書かれているのも読みやすいポイントです。

幼少の頃に猟の魅力にとりつかれて、大学卒業してからプロとして単独猟を極め、最高の猟犬を育てあげ、渡米して本場のハンターの世界で活躍し、帰国してからホームグラウンドの標津に根を下ろします。数々の苦労はありましたが、結果だけ見てみると常に向上心を持って順風満帆に駆け上がっていったイメージでした。

猟において最も印象的なのが、獲物をとってから血だらけの手でタバコを吸う姿。緊迫した野生動物との駆け引きが終わって、いっきに肩の力が抜けて読み切れるところで絵になりますね。

食事シーンを描写するのも上手で、獲ったばかりの羆やシカの心臓を焚火にあぶって、焼けたところからナイフで削いで食べるのはハンターの特権です。シカ肉の刺身、川で獲った魚を混ぜ込んで飯盒で炊いたご飯など、どれも美味しそう。味の表現が優れた料理エッセイとはまた違った、自然の中で命のやりとりをした状況から生み出された食の見せ方がそうさせてるのかもしれません。

そして彼の猟はフチと一緒に山に入るようになってから、とくに面白くなってきます。犬に猟を仕込む難しさに見合ったリターンがあり、とった獲物を一緒に食べて喜びを共有しているのも良いですね。

猟犬を育てる難しさはよくわかっていた。犬はそれを使う者の技量以上には決して育たないのである。

三章 140p “襲撃された牛舎”

序盤は自分の猟の甘さ、焦り、後悔など、技術的にも精神的にも青さが見えました。1発で仕留めきれずに、鹿が必死に逃げ回るのを追い続けていました。それが今では獲物は1発で仕留める伝説のハンターといわれるほどに。

本書では狩猟やサバイバルの知識も豊富に書かれてるので、狩猟やキャンプに興味がある人にとっても必読のエッセイになるでしょう。教本ではないのでノウハウを得るより、自然や食に対する責任、哲学など思想的な意味で非常に意義のある一冊です。

羆撃ち

¥702

羆撃ち
久保俊治

メディアで大反響を呼んだ、猟犬フチと羆を追う孤高のハンターの物語。