
世界の情勢や、国同士の立ち位置や力関係など、ぼんやりニュースを見ているだけでは見えてこない視点を、地政学というアプローチで分かりやすく解説してくる本。
結局は土地を持つことがすべて。軍事的に優位な立地、経済的に豊かな土地、このような恵まれた土地の有無が国同士の駆け引きの肝になっているのです。
著者のブログ「地政学を英国で学んだ」は国内外問わず多くの専門家から注目され、最新の国家戦略論を紹介しています。
※2022年2月からロシアとウクライナの戦争が起こったため『ウクライナ侵攻の真相』が加筆・PDF配布されています。
概要
本書ではとくにアジア(中国VSアメリカ)、中東(イランVSアメリカ)、ヨーロッパ(EU・NATO VSロシア)の地理的な衝突から国のふるまいをマクロな視点で言及しています。
地政学を戦略に活用すれば「道」や「要所」をおさえてエリアを支配するのが効率的でしょう。
国の存続に物流は欠かせないものとなっており、地理条件から経路が限られている要所をおさえるのが戦略です。
地政学の基本的な概念
地政学は地理的な条件をもとに、他国との関係性や国際社会での行動を考えるアプローチ。
世界の覇権国アメリカは関与レベルを以下の段階にしています。
- 全土に出向いて軍隊を常駐させ国を管理下におく完全支配
- 重要なエリアにのみ軍隊を駐留させ必要な部分のみコミットする選択的関与
- 領土に出向かず離れた位置から必要に応じて圧力をかけるオフショア・バランシング
- 対外戦略の1つとして軍隊を撤退させ重要なとき以外は派兵しない孤立主義
突出した強国をつくらず勢力を同等にして秩序を保つ国際メカニズムにあたるバランス・オブ・パワー。
海路(ルート)上の絶対に通る関所をチョーク・ポイントとし、具体的には陸に囲まれた海峡や、補給の関係上必ず立ち寄る場所のことをいいます。パナマ運河、マゼラン海峡、スエズ運河、イギリス海峡、台湾海峡など。
大陸国家によるランドパワー、海洋国家によるシーパワーは歴史的に大きな国際紛争を伴って常にせめぎ合ってきました。これらを両立することはできず、大陸国家が海洋進出をすると大抵失敗してきた歴史があります。
ハートランドはユーラシア大陸の心臓部で現在のロシアあたりのこと。寒冷で住みづらく文明は栄えていません。リムランドはユーラシア大陸の海岸線に沿った沿岸部で経済活動が盛んなエリア。世界の大都市の多くが集中しています。つまりリムランドは、ハートランドのランドパワーと周辺のシーパワーという、勢力同士の国際紛争が起きやすい場所となります。
関係国とのリアルな情勢を知る
日本は島国という地政学的な優位性で独立を保ってきましたが、長きにわたりそれを維持できる国はほとんどありません。日本の鎖国が破られたのも必然だったのです。
次に北方領土問題について。なぜロシアから返還されないのか3つの理由があります。1つはロシアにとって対アメリカの防衛拠点のため、2つに北極海ルートが貿易の新しい道になる可能性があり、3つに日本にとって地理的メリットのない土地だからです。
そして日本の米軍基地について。アメリカにとって沖縄米軍基地がいかに完璧な拠点であるか、そもそも米軍が日本にとって抑止力以外のどんなメリットがあるのか、対馬列島や尖閣諸島の衝突の根底にある近海の争いなど解説されています。
アメリカ・ロシア・中国の戦略
孤立した大きな島だからこそ巨大なシーパワー国家になれたアメリカは、地政学的に恵まれており、他国から侵略されにくく戦力を国外に向けやすかったため世界の覇権を握ったとされています。ユーラシア大陸のリムランドにある戦略地域において、バランスを見ながら台頭する国が出てきたら積極的に介入しているのが、アメリカが世界の警察と呼ばれる所以ですね。
ロシアは海外に進出するルート、広大な領土を守るバッファゾーンなどに焦点をあてています。とくにクリミア併合は黒海ルートに影響力をもつために絶対におさえておきたく、NATO勢力とのバッファゾーンとしてウクライナも外せません。
中国は海洋進出を目論んでいるが、地政学的にはありえない戦略を立てています。点で拠点をとらずに、海に線を引いて面でアプローチする一帯一路構想です。
アジア・中東・ヨーロッパの地政学
東南アジアの小国は大国を天秤にかけて駆け引きをしながら立ち回っています。安全保障はアメリカに、経済は中国にといった具合です。
中国の裏で急成長しているインドは、石油ルートを巡り中国との対立があります。中国は海洋進出したいところで、両者にとってインド洋が重要な石油の確保ルートになるからです。
小さな都市国家でもシンガポールが発展できたのは、アジアのハブとして高いポテンシャルがあったこと。チョーク・ポイントであるマラッカ海峡に接して貿易拠点になることなど地政学的利点があったからです。奄美大島くらいの国土面積にもかかわらず、一人当たりのGDPは日本を上回っています。
中東は古くは貿易の中継地として、近代では石油の産出地として常に世界の要所となっています。かつてオスマン帝国の時代は平和だったのが、今では世界でもっとも混迷を極めるエリアに。
戦後植民地から独立し独裁者が乱立、ソ連崩壊後に独裁政権が倒され春のアラブが起き、宗派対立や部族紛争が多発して政府の力が及ばない空白が生まれISも誕生しました。さらにサイクス・ピコ協定が中東の分布を強引に分断したため、それぞれが国への帰属意識がありません。長らく他国が統治する傀儡国家だったので、独裁的な指導者でないと国を治めにくい体制になってしまっています。
ヨーロッパは大きな半島とも見れるので、大国同士のせめぎ合いの影響を受けます。東のロシア、南のイスラム諸国とせめぎ合いを続けてきました。小国の多いヨーロッパが対抗手段として経済協力のEU、軍事協力のNATOを発足。そしてイギリスが独自の外交戦略においてEU離脱した理由、戦後のドイツ経済が発展した経緯、なぜフランスでテロが多発するのかといったことが語られます。
書評
アメリカと中国の関係、沖縄基地や北方領土の問題、中国の一帯一路、イギリスのEU離脱、香港デモなど、世界情勢の「なぜ」がよく分かる一冊です。カラー図解が豊富で、タイトル通りサクッと読み進めるのにちょうど良いですね。
国際問題には宗教、民族問題、人種、歴史的対立などあって、地政学ではあくまでも地理を前提に、ビジュアライゼーションの概念で紐解いていきます。また、戦争における戦略概念には上位から順に世界観、政策、大戦略、軍事戦略、作戦、戦術、技術という階層があり、その中の上から3番目にあたる大戦略が地政学的観点です。
地政学に義理人情や好意など一切なく、国益第一の領土や権力争いで殺伐とした話になりがちです。こうしてみると世界平和なんて耳障りの良い言葉も、それぞれの世界観、国、人、民族、宗教によって、そもそもどのような状態が平和なのかが異なります。人びとが自分たちに都合の良い平和を求めるからこそ絶えず争いがおこり、平和を求めることこそまた争いの種になっているのが皮肉な哀しい話です。
関連書籍に「13歳からの地政学」も紹介しています。こちらは本書「ビジネス教養地政学」では取り上げられていないアフリカの経済事情にも言及されていました。ビジネス教養地政学は各国の軍事的な思惑や戦略による地政学の話がメインで、「13歳からの地政学」はより解釈の広い経済や地球の将来まで含めた物語形式になっています。