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【彼女は頭が悪いから】東京大学誕生日研究会の事件をもとにした小説

2016年に実際に起きた東京大学の学生らによる集団強制わいせつ事件に着想を得て執筆されました。ただし、登場人物や物語の詳細はすべてフィクションであり、事件のノベライズではありません。

事件を通じて浮き彫りになる社会の格差、ジェンダーの不平等、そして人々の偏見や差別意識を描き出しています。特に、加害者と被害者の生い立ちや心理的背景、事件後の被害者へのバッシングなどが克明に描かれています。

タイトルの「彼女は頭が悪いから」という言葉は、実際の事件の公判で加害者の一人が発した言葉に由来しており、被害者を見下す態度を象徴しています

姫野カオルコ

1990年「ひと呼んでミツコ」を講談社に持ち込み32歳でデビュー。2014年「昭和の犬」で第150回直木賞を受賞。本作「彼女は頭が悪いから」は第32回柴田錬三郎賞を受賞。

あらすじ

物語の中心となるのは、以下二人の登場人物。

  • 神立美咲 横浜市郊外の普通の家庭で育ち、偏差値48程度の女子大学に通う女子大生。
  • 竹内つばさ 渋谷区広尾の官僚家庭に生まれ、東京大学理科I類に進学した男子学生。

美咲は地元の進学校を卒業後、家族に祝福されながら女子大学に進学します。一方、つばさはエリート家庭で育ち、東大に進学するも、周囲の富裕層や優秀な同級生に劣等感を抱くことがあります。

二人は大学生になってから偶然出会い、最初は恋愛のような関係が始まるかに見えます。しかし、つばさを含む東大生5人が引き起こした強制わいせつ事件により、二人の関係は加害者と被害者という最悪の形で交わることに。

事件後、被害者である美咲は「勘違い女」として世間から非難され、加害者たちの未来を潰したとまで言われます。このような状況を通じて、学歴や社会的地位がもたらす偏見や、被害者バッシングの問題が浮き彫りにされます。

彼らはぴかぴかのハートの持ち主なので、裸の女がまるまって、ううううと涙を垂らしている状態は、想定外であり、優秀な頭脳がおかしてはいけないミス解答だった。

結論 彼らがしたかったことは、偏差値の低い大学に通う生き物を、大嗤いすることだった。彼らにあったのは、ただ「東大ではない人間を馬鹿にしたい欲」だけだった。

第四章 463p

書評

結構長い本なのですが、中盤に差し掛かってようやく二人の主人公が話の中で交差します。つまり本書の前半~中盤にかけてじっくりと、人物の育ってきた背景や性格について描いているわけです。そうして人物の思想的な輪郭を丁寧に追っていくことで、どうしてこのような歪んだ事件が生まれてしまったのかを表現できていると思います。

姫野カオルコは、この小説を通じて、事件の背景にある社会的な構造や人々の無意識の差別意識を掘り下げようとしました。特に、加害者たちが持つ「自分たちは優れている」というエリート意識や、被害者が受けた不当な扱いに焦点を当てています。また、事件の詳細を忠実に再現するのではなく、フィクションという形で普遍的な問題を描くことを意図しています。

実際の事件はWikipedia等でも簡単に調べられますが、事件の概要だけを追ってもどうしてこのような結果が生まれたのか想像し難いのですね。それが小説となって人物の思想や心情の機微などが表現されることによって、よりリアルに感じられるようになります。

だんだんと読むのが辛くなってくる本ですが、自らの謙虚さを保ち、他者への尊敬を忘れないために、一読して良かったと思います。