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【コーヒーが冷めないうちに】現実が変わらなくても過去に戻ってみたいか

「学生時代に戻って青春を取り戻せたら」「社会人一年目からやり直せば」このようなタラレバにとらわれて、過去に思いをはせたことがある人は少なくないでしょう。

では特別に過去に戻れるとします。しかし過去に戻ってどんな行動を起こそうと現実は何一つ変わらないとしたら、それでも過去に戻ってみたいと思いますか。

川口俊和

本作「コーヒーが冷めないうちに」が第14回本屋大賞ノミネート。シリーズ作品となっており、続編が刊行されており、全世界累計750万部以上。世界55か国に翻訳されハリウッド映画化も決定。

過去に戻れる喫茶店フニクリフニクラ

舞台は過去に戻れる席があると噂の喫茶店。その席に座ると望んだとおりの時間に移動して過去にタイムスリップが、そこには面倒くさい、非常に面倒くさいルールがあります。

  • 過去に戻っても、この喫茶店を訪れた事のない者に会う事ができない
  • 過去に戻ってどんなに努力をしても、現実は変わらない
  • 過去に戻れる席には先客がいる 席に座れるのは、その先客が席を立っと時だけ
  • 過去に戻っても、席を立って移動する事はできない
  • 過去に戻れるのは、コーヒーをカップに注いでから、そのコーヒーが冷めてしまうまでの間だけ

面倒くさいルールは他にもあるが、それにもかかわらず、今日も都市伝説の噂を聞いた客がこの喫茶店を訪れてきます。

第2話「夫婦」

本作は4章立てで、それぞれ単話完結しているものの、全体で世界観がつながっている連作短篇となっています。私個人的におすすめの第2章は涙を誘われました。

アルツハイマーによって日々記憶を失い続ける中年の男と、彼を献身的に支える看護師の話。

店内のテーブル席に座る房木という中年の男。いつも旅行雑誌を広げて穏やかにコーヒータイムを過ごしています。しかし彼はアルツハイマーを患っており、常連でありながら顔なじみのスタッフに対しても「新しいバイトのかたですか?」と一言。喫茶店のスタッフや彼の周囲は承知の上で、房木に気をつかって接していました。

いつも静かに過ごすだけの房木が、ある日急に喫茶店に通い続ける理由が、妻に渡せなかった手紙を過去に戻って渡すためだと打ち明けます。しかし彼の頭の中ではその目的だけが残っていて、自分の妻が誰なのかはすっかり忘れてしまっていました。

房木がアルツハイマーを患ってから献身的に彼の支えとなっているのが、喫茶店近くの総合病院に勤める高竹という看護師です。そんな彼女がアルツハイマーの房木を支えるのにも深い理由があり、房木が過去に持ち込もうとした手紙によってすべての真相が明かされるのでした。

書評

4回泣けると評判!と帯に書かれていたように、大袈裟ではなく感受性が豊かな人や涙腺が緩い人は泣いてしまうでしょうね。

過去や未来を行き来して、自分や誰かの気持ちを確かめるだけで、現実に導かれる結果がこうも変わるのかと、うまく構成されている物語でした。

あらすじで紹介した「夫婦」は、房木の手紙の平仮名の多さ、不器用でも気持ちを伝えようとしてるところに心を打たれます。そして房木の現在の穏やかな性格がより悲壮感を醸し出していて、昔の豪傑な性格とのギャップがまた涙を誘います。

作中で都市伝説を扱う雑誌で取り上げられ一時期有名になっていましたが「結局過去や未来に行っても何一つ現実は変わらないのだからこの席に意味はない」と言われています。しかし――

人は心ひとつで、どんなつらい現実も乗り越えていけるのだから、現実は変わらなくとも、人の心が変わるのなら、この椅子にも大事な意味がある。

これは作者本人もインタビューで語っている、読者に伝えたかったことです。

現実に何かわだかまりのある人物が、過去や未来を行き来して、新たな気持ちに気づいたり、本心を伝えたりといった心温まるヒューマンドラマの連作短編集でした。

コーヒーが冷めないうちに

¥1,200

コーヒーが冷めないうちに
川口俊和

喫茶店の名はフニクリフニクラ。この物語は過去に戻れる不思議な喫茶店で起こった、心温まる四つの奇跡。