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【時をかける少女】タイムスリップ小説のロングセラー

放課後の誰もいない理科実験室でガラスの割れる音がした。壊れた試験管の液体から、わたしの知っている甘い香りがただよう。同時に不意に意識を失い床にたおれた和子は、目を覚ましてから時間と記憶をめぐる奇妙な事件が次々に起こる。思春期の少女が体験する不思議な世界と、甘く切ない想いに胸をときめかせるこの永遠の物語も、また時をこえる。

概要文

時を越えてこの本が読みつがれていくことを、読者に対しても伝えているような、なんとも粋な紹介文になっています。

表題作のほか「悪夢の真相」「果てしなき多元宇宙」を併録。

筒井康隆

小説家、劇作家、俳優と多彩。特にSF作品は小松左京、星新一と並んで御三家と称される巨匠。

あらすじ

理科教室の掃除を任せられた和子、一夫、吾朗の3人。ごみを捨てに行った和子は理科準備室で怪しい人影を見ました。不審に思って正体を確認しようとすると、焦った人影はガラス容器を落として消えてしまいました。

割れたガラス容器から漏れた液体はラベンダーの香りがして、和子はその匂いを感じ取った直後に意識を失って倒れてしまいます。

一夫と吾朗、そして福島先生は貧血で倒れたのだろうと思い大事には至りませんでした。しかしこの事件が和子に不可解な現象を引き起こしていきます。

事件から3日後の夜にベッドで寝ていると地震が発生。

和子はすぐに避難して外に出ると、近所で火事も発生していました。それが吾朗の家の隣だったから心配で様子を見に行くが、火はすぐに消火されて吾朗も無事でした。

そんな災難の翌朝に和子と吾朗が登校していると大事件が起きます。

横断歩道にトラックがつっこんできたのだが、寝不足で遅刻気味だった2人は焦っていたし判断力も鈍っていたので、和子はトラックに巻き込まれてしまいます。

確実に死んだと思われたが、和子は目を覚ますとまだ登校する前の朝、自分自身の部屋にいました。事故に遭う日よりも前に時間が逆戻りして、現場から遠く離れた自宅のベッドの中にいるのです。

タイムスリップしたのは夜に地震が起こる日だったので、和子にはその日にまた地震が起こること、吾朗の家の近所でボヤが起きることもわかっていました。

この不思議な現象を説明しようもないのだけど、一応、一夫と吾朗に相談してみました。しかし吾朗にとっては家が火事に見舞われるかもなんて縁起でもない話をされたら良い気がしないので、和子は強く批判されてしまいます。一夫は冷静に話を聞いて、とりあえず「今晩本当に地震が起きるのかどうかさえわかればいい」という結論に。

その日の夜。実際に地震は起こったし、近所で火事も発生して、和子の言っていたタイムスリップに真実味が帯びてきました。

和子、一夫、吾朗の3人はこの突拍子もないできごとを真剣に相談できる大人を求めて、担任であり理科の先生である福島先生にのもとへ行きます。信じてくれるかどうか不安ですが、福島先生は話を真面目に聞いてくれて、和子たちにこんなアドバイスを提言しました。

「和子の身に不思議なできごとが起こるようになったきっかけの事件、あの理科準備室での怪しげな男を探って事情を尋ねるしかない」

そのためには和子は再びタイムリープして4日前の怪しい理科教室の真実を探りに行きます。

書評

この本は昔、読んだことがあったのですが、ずいぶん昔のことなので内容はほとんど忘れていました。しかし大人になって読み返しても面白かったですね。

内容が分かりやすく大人から子供まで広く読み継がれるSF作品だと思います。ロングセラーとなっているのも納得です。

事件の真相はすべてスッキリと解決しますし、時間軸が過去や現在を行き来しても話がシンプルなのが良い。時代背景的にも半世紀も前の作品とは思えない読みやすさです。

少女がただタイムリープするだけのSF小説かと思いきや、最後まで読むと未来人、集団催眠、淡い恋愛など、この短い話の中にずいぶんとドラマチックな展開が詰めこまれています。

不本意にもこんな不思議な能力を身につけてしまった思春期の少女の動揺というのも見どころでしょう。

ちなみに和子がタイムリープするきっかけとなったラベンダーの香り、花言葉が「あなたを待っています」これを知ってると最後のエピソードでちょっと感心します。

時をかける少女

¥748

時をかける少女
筒井康隆
貞本義行(絵)

一度は読んだことある、アニメで見たことがある、そんな名作SF小説。

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【太陽の子】沖縄を知るほど悲しみに結びつく温かい物語

この本は私が元図書館司書の知人からすすめられた本で、やはり司書さんがすすめるだけあって非常に読んでよかった読書体験でした。

戦争の悲しみ、沖縄の苦難、人の過去。世の中には普段見えていなくとも、とてつもなく大きな悲しみの渦が地下深くで息をひそめているような、ふとした時に触れる人の脆さに気が付けるようになります。

人間いうたら自分ひとりのことしか考えてへんときは不幸なもんや

太陽の子
灰谷健次郎

神戸市出身。17年間教職を勤めた後、沖縄やアジア各国を渡り歩き作家となる。1974年「兎の眼」で日本児童文学者協会新人賞を受賞。晩年は沖縄・渡嘉敷島に移住して作家活動を続けた。

あらすじ

小学6年生の女の子ふうちゃんを中心に、彼女の父親がうつ病になったことから様々な人の優しさや悲しみに触れていきます。

ふうちゃんは神戸の沖縄料理店「てだのふぁ」の一人娘として、たくさんの常連客たちに愛されていました。学校では担任の先生が父親の心の病を心配して、沖縄の草花遊びの本を贈ってくれました。

お父さんの病気には沖縄のことが関係しているのではないかと確信すると、沖縄戦争当時の写真や資料を友人に見せてもらいます。その惨状は見るに耐えられず、吐き出してしまうほどのショックでした。

しかし周囲の人から沖縄に関する部分に触れると、どうしても相手の辛い部分に触れてしまうことに気づきます。沖縄を知って相手を知りたいのに、そのせいで相手を苦しめてしまうことに悩みました。なぜこんなにも沖縄と悲しみが結びついているのか。

ある日、お父さんが一人で外出していったことがありました。そこは明石市の海岸で、父が少年時代に経験した戦火の沖縄本島南部の海岸に似ている場所でした。なぜお父さんの心の中だけ戦争が続いているのだろう。

補足情報

時代背景は沖縄戦争から30年後の1975年頃とみられます。

冒頭の丘の上では初秋、最終盤の丘の上ではその翌年の春を示しており、舞台のモデルは川崎造船所の正門に至るまでの界隈ですが、おきなわ亭「てだのふぁ」のモデルはなさそう。

猫(まやー)ユンタ

歌の中に猫の鳴き声のおはやしが入る沖縄民謡のひとつ。ふうちゃんのおとうさんの故郷、八重山の歌です。

意味は先島諸島にだけ課せられた人頭税に対するうらみつらみを猫に例えている。

安里屋(あさどや)ユンタ

ふうちゃんの退院後におとうさんと港に散歩に行った時、少し調子の良いおとうさんの様子が嬉しくて歌った八重山歌謡のひとつ。安里屋は八重山地方にある竹富島の地名で、祭祀歌や労働歌として歌われています。

竹富島に実在した絶世の美女・安里屋クヤマと、王府より八重山に派遣され、クヤマに一目惚れした目差主(みざししゅ、下級役人)のやり取り。八重山では、1637年から琉球王国が苛酷な人頭税の取り立てを行っており、庶民が役人に逆らうことは尋常では考えられませんでした。そんな中で求婚を撥ね付けるクヤマの気丈さは八重山の庶民の間で反骨精神の象徴として語り継がれています。

MONGOL800 ver

白い曼殊沙華(彼岸花)

正式にはシロバナマンジュシャゲと呼び、一般的な赤い彼岸花の一種。原種の赤い彼岸花と黄色の鍾馗水仙(ショウキズイセン)を交配したものが、白い彼岸花となります。赤とは対象的に繁殖力が弱いので非常に珍しい。

赤い彼岸花は死を連想するイメージがついてますが、白い彼岸花は本作では幸運の象徴としてふうちゃんに喜ばれました。物語の最終盤におかあさんが「おとうさんの中に死んだ人がたくさん生きている、だからおとうさんは地球に住んでいる人の中で一番やさしい」と言う場面。神戸の丘の上の赤い彼岸花の群生の中に、たった一輪咲いた白い彼岸花は、暗におとうさんのことを示しているように思われます。

書評

この本を読んでいて非常に感動はしたのは2つの場面。

一つは、ふうちゃんの友達が担任の先生に宛てた手紙の内容です。小学生とは思えないほどの真剣さで、正直で、力強い筆致の手紙。中身は子供らしく真っ直ぐな想いが書かれていますが、その気持が綺麗に整理されており、きちんと自分の考えを表現しています。それが結果的に担任の先生を突き動かし、ふうちゃんをひどく感心させる出来事となっていました。

二つ目は沖縄の少年の手術が済み、連日病室で警察の事情聴取がされているとき。その日はふうちゃんと叔父さんが同室しており、沖縄の少年を問い詰めようとする警察に叔父さんが割って入ります。「法の前に沖縄もくそもない。みんな平等だ!」と息巻いた警察を前に、冷静に淡々と平等の本質を説く叔父さん。その人間味ある諭しかたに、何度読んでも涙が出てきます。不平等な過去の現実を語るろくさんを前に、真剣な眼差しで一言一句もらさずに受け止めようとするふうちゃんの姿勢にも心を打たれました。

この物語はそれぞれの人の悲しみに焦点を当てることで、今生きている現実の認識を広げてくれる力があります。

ふうちゃんは、自分の生がどれほどの多くの人の悲しみの果てにあるのかという現実に気が付きました。おかあさんは「おとうさんが病気になったのは、おとうさんの中に死んだ人がたくさん生きているからだよ」と語り、生者中心的な観点に対峙した主張をしています。

俯瞰して現在の私たちにあてはめてみれば、戦後の繁栄を果たした日本がこのような過酷な運命に虐げられた上に実現してるのだと認識しておかねばならないのです。過ぎ去った歴史は私たちに無関係のように思えるけど、実のところ細く長い同じ線上にあって、その線の先頭にいるのだということを教えてもらったようです。

あたりまえのようになってしまっている沖縄の現実に、改めて目を向けてみると実は知らないことばかりだったり。沖縄に限らず、私たちの周りには知っておくべきだけど、意識にものぼらずなにも知らないことがあふれているのかもしれません。

そして知ろうとしたならば、そこに足を踏み入れるのが憚られるような現実を目の当たりにするかもしれない。

ふうちゃんが健気で純粋だからこそ、彼女が次第に知っていく沖縄の暗い部分が顕著に浮き彫りになっていきます。そして真剣に沖縄と、人の悲しみと向き合おうとしてるから、周りの大人たちもふうちゃんを真実に導こうとしました。

ふうちゃんと一緒に真剣に生きて、知るべきことと向き合う勇気をもらうような、そんな気持ちにさせられました。

太陽の子

¥653

太陽の子
灰谷健次郎

沖縄と戦争について大事なことを伝えてくれる小説。