【西の魔女が死んだ】繊細で感受性豊かな少女が上手な生き方を探る魔女修行
著者 | 出版 |
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梨木果歩 | 新潮文庫:2001/08/01 1994年楡出版より単行本刊行 |
梨木果歩デビュー作にして代表作。数々の文学賞を受賞し200万部強の名作となった。
あらすじ
人一倍感受性が強い、中学1年生の主人公まいはある理由で学校に通えなくなる。
その間、田舎のおばあちゃん、通称「西の魔女」のもとで、魔女修行の手ほどきをうけ、暮らしの中で少しずつ成長していく物語。
※この本における魔女というのは、身体を癒す植物に対する知識や自然と共存する知恵に長けた人を魔女と呼ぶ歴史的観念。
不登校のまい
中学校にあがったばかりのまいは「あそこは私に苦痛を与える場でしかないの」といって登校拒否。
しばらく学校を休んで田舎のおばあちゃんの家で過ごしてみる提案を受け、通称「西の魔女」のもとへ。家の裏の畑から野菜をとってきたり、鶏小屋の卵で朝食を食べたり、田舎の新鮮な空気と大好きなおばあちゃんのもとで豊かな暮らしが始まる。
まいが車から荷物を取りに庭に出ると、車をのぞくあやしい男と鉢会う。この男こそまいにとっての天敵ゲンジさん。挨拶を交わすが、初対面でいきなり高圧的な態度をとられ、学校を休んでることに対して皮肉を言われ、最悪の出会いとなった。
翌朝には母が帰り、朝食後に裏山で野イチゴを摘んでジャムをつくる。大鍋2つ分の大量のジャムを、じっくり丁寧に。瓶につめてラベルを貼って、自家消費したりお土産にしたり。
魔女修行
おばあちゃんがまいに、魔女を知っているかと尋ねる。その時にまいはファンタジーの世界のほうきに乗った魔女ではない、現実の魔女について教えてもらう。そして現実の魔女が備えていた特殊能力、おばあちゃんのおばあちゃんが際立っていたのは予知能力だった。そんなひいひいおばあちゃんの予知能力が開花したエピソードを聞くと、その話がずっと気になって自分も魔女の能力を持てるようになるか尋ねた。
こうしてまいの魔女修行が始まった。
はじめはスポーツ選手が体力をつけるように、魔女の奇跡や超能力を起こすには精神力を鍛えなければならない。規則正しい生活を身につけて、自らの意思で自分を律していく力を養うこと。まいはおばあちゃんの家で生活リズムを整え、家事に参加して、勉強の時間割を作る。
魔女の心得は「自分で決めること」それに尽きる、さらに上等な魔女になるには外からの刺激に動揺しないこと。
嫌いなあの人との付き合い
ある日、おばあちゃんの提案でまいに敷地内のどこでも好きな場所に畑をつくっていいと言われる。思ってもなかった話で、まいは大喜びで裏山のお気に入りの場所を譲り受ける。
それから3週間ほど、いつものように鶏小屋に卵を取りに行くと鶏が何者かの動物に殺されていた。パニックになったまいは食欲もなくし、そのまま部屋で休む。昼頃にはゲンジさんが訪れ、鶏小屋の壊れた金網を修繕する段取りに。
数日後にまいは修理代金を払うためにお金をゲンジさんに渡しにいく。これも修行のひとつ、そう言い聞かせてゲンジさんの家に行った。ここでもまた心無い言葉を浴びせられ、怒りと屈辱にまみれて、心をかき乱されて帰ってきた。お
ばあちゃんは心が怒りや憎しみなどに支配されることが、どれだけ人を疲れさせてしまうのかを諭して、ようやく落ち着きを取り戻した。
しかしまた別の日、まいが一部土地をもらったお気に入りの場所に行くと、そこから少し離れた場所でゲンジさんがスコップを持ってなにやら掘り返している。ばつの悪そうな顔で「タケノコを掘っているんだ」と言っていたが、まいにとっては自分の神聖な場所を侵されたような気がしてならなかった。ゲンジさんのことになるとまいはいつも心を乱される。なぜおばあちゃんはあんな粗野で下品なゲンジさんの肩をもつのかわからなかった。そうしてまいとおばあちゃんは言い合いになり、気まずい数日を送った後にまいはおばあちゃんの家を去り両親のもとへ帰った。
西の魔女が死んだ
魔女修行から2年。中学3年生のまいの学校に母親が車で迎えに来て「魔女が倒れた」と言って、6時間かけて車を西に走らせるところ。2年前の祖母と暮らした1か月のことを回想するまい。
おばあちゃんのもとを去った際の後味の悪さがずっと引っかかっていたが、まいはあの魔女修行のおかげで明らかに成長していた。
感想・書評
にんにくをバラの間に植えておくと、バラに虫がつきにくくなるし香りもよくなる。クサノオウは猛毒だけど、眼病にきく優れた薬にもなる。
こんな植物豆知識が読んでいて楽しい、緑豊かでどこかほっとさせる物語です。
まいの感受性が強すぎる性格、今でいうところ”繊細さん”とか”HSP”とか言われたりする人がいますね。何かしら生きづらさを抱えやすいタイプで、まいの母も「昔から扱いにくい子だった、生きていきにくいタイプの子よね」と電話口で話すところがあり、まいはそれをいつまでも覚えてます。
嫌なこと一つあると、その日のすべて何もかもが台無しにされたような気分。それこそ読む人の感受性によって、どれだけまいに同情できるかって具合が変わってきます。私もそういった経験や感情はこれまでに幾度となく向き合ってきました。
逆にまいとは対照的な図太くて大胆な人物ゲンジさん。
実はゲンジさんは本当に嫌な人だったのか、という疑いが私の考察する彼の人間像です。雨が続いたあとの日にスコップでタケノコを掘っていたのは嘘で、まいの死んだおじいさんのために銀龍草を探していたのではなかろうか。ゲンジさんの豪胆で遠慮のない接し方は、彼なりの歩み寄りだったのではなかろうか。
上手な人付き合い、負担にならない感じ取り方。そんな人間の心の難しさを、まいの繊細な感受性を通して読者に伝えているようでした。
まいとおばあちゃんのつくったジャムは、黒にも近い、深い深い、透き通った赤だった。嘗めると甘酸っぱい、裏の林の草木の味がした。
48p
なにより上記のような、穏やかなおばあちゃんの家でつくる自家製食材や自然の恵みが美しいのです。それを文章にして物語に自然と溶け込ませる梨木果歩さんの筆力もとても素晴らしいですね。
軽い文体でスラスラ読みやすく、まいとおばあちゃんの会話、自然の情景、暮らしの知恵、魔女修行と称した生きるための心の持ちよう、そして主人公であるまいの成長。物語の内容、構成、読みやすさのすべてのバランスが良くて、大ヒットの名作となったのもうなづけます。
後日談
「渡りの一日」ではまいが同級生とある一日をすごす話。魔女修行で成長したまいの姿が立派に描かれています。
また、梨木果歩作品集に、ブラッキーの話(まいの母と愛犬ブラッキー)、大人になったまいが祖母を追憶する話、まいが去ったあとのおばあちゃんなどスピンオフ作品もあります。
道草を食む
「西の魔女が死んだ」有名なタイトルだけあり知ってはいましたが、なかなか読む機会にはありませんでした。
私のお気に入りのポッドキャスト番組が、本書を紹介していたのが決め手となり、ついに手に取った次第です。ここでの紹介の仕方も上手で、本当に読んでしまいたくなる内容です。
雑草を生活に取り入れて暮らしを豊かにするというコンセプトの「道草を食む」から、ヒメワスレナグサを紹介したエピソード。正式な名前ではないが、この本にも登場する重要な植物です。
ぜひこちらのポッドキャストでも「西の魔女が死んだ」の作品紹介、そしてパーソナリティMichikusaさんが語る雑草の世界の魅力を楽しんでください。