茶色の朝|Franck Pavloff
選択ができない、意見を主張できない、そんな人が読むべき本があります。
出版当時のフランスでは、全体主義に対する危機感をより多くの、とくに若者に知ってもらうために印税を放棄してわずか1ユーロで発売されていました。
まさしく「読むべき本」として広く知れ渡ったのです。
茶色の朝

フランク パヴロフ(著)
ヴィンセント ギャロ(絵)
藤本 一勇(訳)
高橋 哲哉(解説)
大月書店
2003年12月10日
自分自身の驚きや疑問や違和感を大事にし、なぜそのように思うのか、その思いにはどんな根拠があるのか、等々を考えつづけることが必要なのです。
概要
『俺』と友人シャルリーの日常が静かに淡々と茶色に蝕まれていく様子が描かれます。
シャルリーは飼っている犬を安楽死させなければいけませんでした。ペット特別措置法によって茶色以外のペットを飼ってはいけないからです。始まりは増えすぎた猫を規制するための法律でした。茶色を残す理由は都市生活に適していると国の科学者が主張したから。
しばらくして、ペット特別措置法に対する批判的な記事を書いた『街の日常』という新聞が廃刊。新聞を読みたかったら『茶色新報』しかありません。図書館や本屋の棚から多くの本が消え、メディアも茶色に染まっていき、ついには朝までも茶色になっていきました。
感想
本の構成はたった14ページの物語と、巻末に東大名誉教授のメッセージと称した解説が載っています。実質この解説のほうがメインとなっていて、ここで作者が伝えたかったことを分かりやすくまとめていました。
主人公の『俺』は新しい法律に違和感や、妙な感じ、言い足りないこと、もやもやを常に抱えていました。心の奥では、世の中が良くない方向に行こうとしてるのを察知しているのに、それをあらゆる言い訳や権力への従属姿勢において諦めていく姿が描かれています。
全体主義に対する警鐘を鳴らす本ですが、声高に糾弾するのではなく、『俺』とシャルリーの日常が静かに蝕まれていく恐ろしさを淡々とした筆致で綴っています。
つまり我々が政治に無関心であり続けることが、社会を悪い方向に促す一手を担ってしまっている可能性があり、国民すべての人に関係がある話です。日本も茶色に染まっていく可能性はあるわけで、決して他人事のような話ではありません。すでに大きな間違いを犯す萌芽を、私たちは見過ごしてしまっているのかもしれません。

ヴィンセント・ギャロのイラストは、表紙のほかに本編中に多く挿入されています。物語に合わせてギャロの絵が、全体主義の静かに迫ってくる不穏な空気間を表現しているかのようでした。






